3)萩往還道マラニック(前半)
いよいよマラニックの始まりの朝はゆっくりと起きる。と言っても4時ごろに目がさめ温泉に入ることにした。そして朝飯をしっかり食べまた眠りの中へ。
緊張もありぐっすりは眠れないがまどろんで体が休まる。
10時頃に電車に乗りスタート地点の瑠璃光寺へ。すでにいつでもスタートできる格好で行ったのですが出発は午後6時で時間は十分にあった。付近を散策したり、中原中也の記念館にも足を運んだ。午後4時半ごろにはもうスタート地点には選手が集まり始めていた。知っている人がいないか探したら一人マラソン仲間のドクターがいた。彼も昨年途中足を痛めリタイアしたのでした。彼と握手をして完走を誓い合った。のどかな瑠璃光寺の一角をお借りしてそこから360人の選手が時間差で出発した。町の中をゆっくりと走り始めた。私はどちらかというと第一集団のの後方に陣取りスタートしたがすぐに第二集団が追い付いてきて次から次へと私を追い抜いて行った。町の中を通り抜け川べりを気持ち良く走った。山口は中ぐらいの川が結構あり川べりが公園化していてまた緑いっぱいの小さな山々が近くにありそこを走るのは心地よかった。
さて、萩往還道マラニックとはどんなものか簡単に説明しておこう。
簡単に言うと山口県の北部をぐるっと一周する感じです。最初は豊田湖、その次は砂利峠、俵島、千畳敷、黄波戸峠、宗頭、鎖峠、萩城跡、虎が先、東光寺、そして最後に一番の難所、萩往還道が待ってます。萩往還道は山道です。整備された山道で一本の道が延々と続きます。しかし、今回はとても暑かったようですがこの山道の中はとても涼しく斜度は結構あるにもかかわらず快適に登ることができました。途中に小さな町が2か所ありそこでは、祭りがあったり、おいしい豆腐をいただいたりとても優しくして頂きました。そのあとは今度は暑いアスファルトの上を歩き走り、途中で山の階段を上ったり下ったりします。最後は板堂峠という最高点に着いたらあと2kmは石畳と普通の山道を下り、そこからはアスファルト道をゴールまで4km程をゆっくりと下るだけです。48時間以内で回らなければいけないので歩いていては間に合いません。私は歩きは遅いと思っておりましたが、意外と速く歩けびっくりしました。途中は当然眠気が襲ってきますので、それに耐えるか、途中で少し休憩するかです。私は、玉江駅という小さな駅で10分ほど爆睡しました。係りの人が10分したら起こしてくれました。道中ですが山口は極端に街灯が少ないです。まあ誰も通りそうもない所を歩いたり走ったりするわけですので、当然かもしれませんがそれにしても真っ暗で街灯ぐらいあっても良さそうです。ですので女性の単独での走りはとても危険です。また迷う危険性もあり、夜中は方向感覚が狂いますので一人での行動はよくないと思いました。矢印があってもそんなに細かくあるわけでもありません。250kmの距離の間を細かく矢印をつけること自体が無理です。
そんなわけで、完走するためにはかなり道を熟知しているか集団での行動が必要になります。
マラニックの説明はこのくらいにしてまた元に戻りましょう。
あまり詳しい説明をしてもたぶん面白くもないので要所だけを話していきましょう。
最初のエイドは13kmほど先の上郷。おにぎり、バナナ、チョコレート、お水、スポーツドリンク、お茶などです。まだ疲れていないのでみんな元気です。すぐに出発です。夜の帳がおり次第に暗くなってきました。もうライトが必要です。ヘッドライトをつけたらほとんど暗く役に立たない。手持ちライトは明るく、それで十分でした。これから長い行程です。少しも焦る必要はありません。たんたんとゆっくり走りました。下郷のエイドまでもだいたい同じぐらいの距離です。エイドないし、チェックポイントまではだいたい2時間ぐらいか1時間強でありその都度チェックすれば自分のスピードがよくわかります。
次第に峠に差し掛かりますが、そんなに苦しくもなくただ淡々と走りました。みんな私を追い抜いていきます。いつか彼らはきっと疲れ私が先行するに違いないと思い全く焦らず。
豊田湖に着くとうどんとおにぎり二つです。私はもう足に来ていてちょっとした拍子にうどんを持ったまま転んでしまいました。足の擦り傷程度。係りの人がうどんをまた持ってきてくれました。食べるとまたすぐに出発です。まだ仲間もいず、一人で走っておりました。集団がばらけてきましたが赤い点滅ライトがランナーの存在を知らせてくれます。ほとんどコースを熟知しているとはいえ真夜中の走りは不安であります。深夜の走りは寒く歩くと途端に冷えてくるので走るのみです。俵屋温泉をめざしました。そこでも軽く水をいただき出発です。すぐに峠があると思ったのですが、いつのまにか峠を越えておりました。あとはダム湖のそばを通り下りのみです。昨年も暗かったけど今年はもっと暗い。下り道で注意することがありました。一つはスピードを出さないで走ることでした。しかし下りが強くどうしてもスピードが出てしまう。そんな時は前傾姿勢を強め、足もしっかり延ばして走ると足の負担が軽くなる気がしました。そろそろアミノバイタル(粉末状)を飲んだほうが足の負担がかるくなるだろうと思い飲む。気休めであったかもしれないが、クラブの信頼できるランナーが愛用しているので今回は試しに飲んでみることにしたのでした。そして一日3回ロキソン(鎮痛剤)とタケプロン15を飲むことにして足の痛みと胃の不快感をできるだけ少なくしようと飲み続けました。
ダムの道も終わりエイドに着く。ここでは、おにぎりと味噌汁をいただいたような気がする。予定最低時刻より2時間ほどは早く着いた。気持ちもだいぶ楽になり、足を進める。まだ走れる距離だ。ゆっくりと走り、海湧食堂に着くと今度は軽い中華丼でした。すべての道は平らなところはほとんどないです。ほとんどが坂道です。海湧食堂でおいしく食事をして俵島を目指しました。昨年はここで股関節を痛めボルタレン座薬を草むらで入れたのが思い出されました。今年は前回より早く着き、しかも体調はよいほうだ。俵島に着くと今度はまたひどい登りだ。俵島コースの真ん中でいつも来ているおばさんからおいしい水をいただく。ここでやっと100kmぐらいだ。時計方向にまわる。また厳しい登りだ。その後は厳しい下り。らせん状に道を走った。そして何人かを抜いた。やっと島を抜け出し、川尻岬を目指す。またこれも登り。ここは我慢して走る。歩きも入れたが大分走れた。川尻では8時頃だ。早お昼ご飯です。カレーライスをいただきました。どこのエイドのカレーも同じ味がする。それでもカレーはおいしい。休むこともなく、水の確保をしてすぐに出発です。急な道なので歩く。分岐点に差し掛かりやっと走れるようになった。神社のわき道を通り稲田や海が見えてくる。下ると漁港に出る。漁港の前にお店があり自動販売機で水をしっかり確保して厳しい千畳敷の登りに備える。そろそろ暑くなってきた。登りはゆっくりとしたガニまた歩きにした。このほうが早く歩けることに気がついた。下りは昨年と違いゆっくりと走れた。そしてまた厳しい登りだ。ガニまた歩きをして進んだ。最後は暑くハンカチを帽子の下にして強い日射は防いだ。そしてしっかり水を飲み前にすすみ、途中からは思い切って走ってみたら走れるではないか。そのまま千畳敷の頂上まで走る。すると仲間の誰かが具合悪そうだ。近づいてみると知り合いのドクターではないか。汗がだらだらと出ていて顔色が悪い。立ち上がれそうもないのだが日射が強い中いては危険だと思い、私の水を与え、近くのお店まで歩かせた。お店は混んでいたが無理を言って日陰の椅子に座ってもらった。迷惑そうなお店の人。ソフトを食べたいというので買うも食べれない。風があり近くの草原で休みたいというので連れて行く。マラニックの本部に連絡取るも何も知らないおばさんが出てきてまったく対応に乗ってくれない。タクシーを呼ぼうとお店の人に聞くも知りませんのでタウンページをみてくださいと。なんと不親切なと腹が立った。タウンページを見てもここがどこでどのタクシーを呼ぼうかと悩んでいたら彼が「少し良くなってきたので大丈夫です」という。あまり顔色は良くないがまあ風もありそんなに日差しが強くなくなってきたので心配であったが彼と別れた。千畳敷の下りはひどい下りで去年は歩くのが精いっぱいであったが今年はスピードを出して下ってしまった。途中でマラニックを取り仕切っているランナーKさんに会ったので病人が出た時の対処をもうちょっとしっかりとするようにお願いした。彼もそんな事情を知らず、何とかしますとの返事をいただいた。最大の難関を乗り越えるまえはもうすでに何でも来いという気持ちになっていた。千畳敷は最大の難関です。距離的には短いのですが暑い日差しと急な登りで多くのランナーを苦しめます。でもよく考えたら富士の塔8kmの半分ぐらいの距離でしょう。富士の塔で何回も練習した私はそんなに苦にならなく着いてしまいました。問題は下りでしたが、今回は足を温存した作戦が功を奏してこれも難なくクリアしました。エイドに着くと今度は高校生がかいがいしく働いており、なかじまさんお帰りなさいと迎えてくれました。パンとカップヌードル、アクエリアスをいただき出発しました。
出発ランナーはだれもいなく、一人でとぼとぼと歩いたり走ったりでした。昨年はショートカットをしましたが今年は時間的にも余裕があり今だ行ったことがない正規の道を行きました。たぶんショートカットすると20分ぐらいは速くなるはずです。でも、今回は余裕もあり景色を楽しむこともでき、延々と続く海沿い走り、そのうちに交通量が多い町中に出ました。ここでも暑いので自販機で水を求めました。日射病の仲間のこともあり、水分摂取だけは気を付けました。そして、アミノバイタル、胃薬、念のため鎮痛剤も飲みました。足には来ていたのですが昨年とはうそのようにとぼとぼと走り続けました。この頃でしょうか仲間と一緒に歩き走りをしました。途中でコンビニにより軽いパンとトマトジュースをいただきました。それでまた元気になり、また歩き走りをしました。午後4時前に仙崎エイドに着くとタマゴンさんから電話あり。応援のために兵庫から今来ているから帰りの仙崎で8時に会いましょうとのこと。わざわざ応援に来てくれるとのことなんと奇特な人でしょう。その時には仲間と一緒に走っていましたので青梅島の鯨墓まで行きましょうとすぐに出発。彼は初めてで64歳。でも力は十分にありそう。謙虚な人で仲間としては申し分がない。そんなにもう暑くもなく暗くもない海沿いを始めて走りぬけました。いつもは暗い夜道を走っておりました。峠が行きに二つあり、これがまた長ーい峠でした。でも何でも来いと思っておりましたので恐れず淡々と歩き走りをしておりました。鯨墓について少しだけ休んでまた仙崎に向かう。まだ明るい。うれしい。途中で静が浦で夕飯を食べる。ここでもカレー。いい加減カレーには飽きてきたので今度の朝飯ではうどんにしようと決める。私は余り話をしない方でしたが、仲間はよく話をしてくれて気を紛らしてくれました。どこの素性かも知らない仲間と信頼しながら走り続ける。仙崎に着くとタマゴンさんに会う。予定時刻よりも早く7時半には着いた。そこでタマゴンさんと楽しくお話をしてさくら道のことなどをお聞きした。今年の萩往還はリタイア者が続出しているとのことでした。人ごとのように聞いていたのですがタマゴンさんは気を抜くなと警告してくれたのだと思いました。
後は宗頭までの12kmです。前半部分はここまでです。午後8時前に出発して仲間とまたとぼとぼと歩き走りです。真っ暗な道をライトを頼りに進みました。前後にランナーがいただろうか。ほとんどいなかった。しかし道はほとんど頭に入っていたので全く心配なく仲間と走る。道は知っていても真っ暗な道を走るのは不安だ。仲間の存在は心の支えでした。宗頭まで昨年は3時間かかったのに今年は2時間ぐらいで着く。歩くのと走るのではだいぶ違う。しかし宗頭までは単調で平らな道でばかに遠くに感じた。