2010年09月03日

故障との戦い

自分の故障だけのことではありません。最近仲間の多くが故障に見舞われています。大事に至らなくてはいいのですがという思いがあります。腰痛、膝の痛みなどが多いです。仲間には中高年が多いです。

まずは、無理をしたレース参加は控えるべきです。レースに参加すれば故障など気にしては走れません。ですので無理をします。レース後に痛みが出るのは数日後です。すぐに練習を再開すると予想外の故障をする危険性があります。

中高年になれば体が硬くなるので、練習でも徐々に負荷を上げ最大でも7割ぐらいがいいんじゃないでしょうか。坂道走をゆっくり走るとか、登山などはいい負荷になるのではと思っています。また、下りの走りも重要で下りに強くならなければ一人前とはいえないかもしれません。これもゆっくり走りましょう。

腰痛体操も重要です。日ごろからやる必要があります。私は操体法というやり方でやっています。

今日はこのくらいまで。

2010年08月30日

OSJ御岳スカイレース

昨日、OSJ御岳スカイレースに行って来ました。距離は37km、当面の目標「完走」は達成できましたが、つらいつらい歩きと走りでした。王滝村の小学校を出発。御岳までは約4時間。御岳のお鉢めぐりはすごいの一言。これでもかこれでもかと登りと下りの岩肌があらわれ精神的に試されました。岩の上を這いながら進むという感じ。2時間ほどお鉢めぐりにかかりました。しかしお鉢めぐりから見える緑色の池、周りの澄み切った山々と空気は素晴らしかった。下りは走るぞと思いながら登ってきたので御岳の下りではスピードを出し多くのランナーを抜いた。しかし、帰りのスキー場の下りでは草の上を走るので滑りやすくとても走りづらく足がいかれました。そしてアサファルとに出てからゴールまで遠いことこれまた精神的に参ってしまいました。30分ぐらい走ればいいと思ったのが1時間近く走らせられたような気がする。二人の元気なお姉さんに抜かれ、一人のたくましいランナーはよれよれながらも走り続けていた。しかしあくまで王滝村はきれいだった。10時間15分かかりました。終わっても殆ど食欲ありませんでした。厳しかったレースです。もう出てみたくないレースですが気持ちが変わりますか。変わってほしいものです。
2010年08月15日

松代大本営、無言館、別所温泉

今日は終戦の日にあたり、長野マラソンクラブの恒例のマラニックに挑戦しました。長野駅から松代大本営へ。松代大本営では700mぐらいある地下壕を歩きました。とても固い地盤です。それからは篠ノ井駅へ。上田まで電車で移動。上田駅の気温は32度。これは例年より楽かなーと思いきや次第に気温は上昇してきました。途中でアイスクリーム屋でおいしいアイスクリームを堪能。無言館に向かうときは周りは広い田園が広がり単調な走りでしかも太陽は我々の真上から暑い日差しをそそぎ歩いたり走ったりの行程でした。最高気温は37.5度になりました。唯一の救いはリックの冷たい水(氷をいっぱいいれました)でした。無言館までの坂道がきつかったです。無言館では若き学徒の絵をゆっくり見ることができました。それからは別所温泉へ。4k余りの距離ですが暑い日差しでなかなか前に進まず。距離にして36kmあまり、朝7時半に出て別所温泉に着いたのは午後4時でした。大衆浴場に入り、その後ビールとそばと豆腐と簡単な食事でした。暑い一日でしたが充実していたというべきか。
2010年08月08日

飯縄登山とトレイルラン

今日はほんとは高妻山を登りたかったのですが、母が入所しているケアハウスのお祭りが午後2時からあるというので一人での飯縄登山となりました。朝早く、飯縄山に向かい午前6時半ごろに駐車場から走り、飯縄山を登り始めました。まだ人は少なく登りやすかったです。足も軽くあまり疲れることもなく山頂には1時間5分で到着しました。山頂は霧もあり少し寒かったですが、一人で自分が作ったおむすび二つ(梅漬けとふりかけのおにぎり)を美味しくいただきすぐに下山しました。中社方面に向かいました。こちらの方が傾斜は緩く走りやすかったです。中社までは行かないで途中で一の鳥の方面に向かいました。その時知っている人らしき人に会いました。まさに高妻山をめざしているさんたさんでした。さんたさんは夏は主にトレイルですね。

一の鳥までは4.7kmと書いてありましたがそれは嘘ではないかと思われました。とても長く感じられました。一時間近くかかったような感じです。でも、トレイルで楽しい走りでした。結局3時間半は登り走りました。下界と違い走りやすいです。

2010年08月02日

きつい練習でした

朝のけだるい中を5時に起き一人で飯を食べ出かけました。目指すは富士の塔。車で近くまで行き走り始める。ゆっくりと進むも、前にマウンテンバイクのお兄さんが見える。つい足が速くなりマウンテンバイクのお兄さんを抜く。しかしすぐに追い抜かれる。朝日観音を通り抜けて途中後ろを振り返るとランナーが私を追い越していく。速いなーと思うもとても着いていけない。マイペースで行く事にする。マウンテンバイクのお兄さんは小休憩か。登りは相変わらず苦しい。緑の木々で周りが覆われ、曇りのためかあまり暑くはないがびっしょりである。富士の塔には1時間20分ぐらいかかる。一休みして下る。長いこと長いこと。途中の神社で一休憩する。そして頑張って車まで戻る。

さてどうするか悩んではいたもののとにかく飯縄山に行こうと決め出発。飯縄山の近くのコンビニにて手作りのおにぎりを二つ食べ腹ごしらえして飯縄山に向かう。一の鳥の駐車場に車を止めいざ登山口目指して走る。ゆっくりゆっくり歩くもやはりランナーですか、他人様より速く歩いている。1時間25分ぐらいで山頂へ。山頂には中学生がいっぱいいました。下りでも人人でした。少しだけ先に行かせてもらいました。途中トレイルランナーの方にも会いました。皆さん速いですね。

こうして終わってみればお昼も過ぎて家には誰もいず、一人でのんびりと過ごしました。

2010年07月31日

「100歳 万歳」

午後のテレビで鳥取のおじいさん100歳が元気な姿で登場してました。砲丸投げを訓練している様子です。毎日ダンベル2kgを20回上げ下ろしをしているとか。そして好物はコーヒーに蜂蜜と牛乳を混ぜて飲むことだそうだ。20年来そんな生活を続けているとか。80歳ごろから陸上の3段跳びをやり世界新記録を持っているという。そこで出てきているのがマスターズという言葉です。私はよく知りません。でも興味がありますね。記録を競い合うという世界です。私には全く関係ないことだと思っていましたが、毎日続ければ結構いけるかもしれません。そうです、毎日走り続けるんです。

今日も暑い中を走りました。週に2回ぐらいは坂道を目指します。平日はあんまり疲れない走りを目指します。忙しくて仲間と走ることはなかなかできないです。家庭も大事。

明日は日曜日、晴れる様子なので短時間できつい走りを目指します。

2010年07月26日

ヒートアイランド

日本の夏も異常に暑くなってきましたね。文明の発達のつけが回ってきたのでしょうか。自然を壊しながら発達してきた人間の文明です。さてどうなることでしょうか。凡人には黙ってみているしかありません。

そんな暑い中でも早朝は少しばかり涼しく、走ることが快適です。今日もけだるい中を45分ほど走りました。田んぼではビーバーで草取りをしている人、畑では水くれをしたり、なにやら仕事をしているおじいさん、おばあさんがいます。そんな中を涼しい顔をして走っていきます。でも帰りは汗もびっしょりで、帰るとすぐに医院の花や木に水をくれる仕事があります。飯も矢継ぎ早に食べ医院を開きコンピューターの電源を入れ作動を確かめ、一休みしてから仕事が始まります。

そんな毎日の繰り返しです。

ヒートアイランドの日本にはやはりクーラーは必需品です。クーラーにより更に外気温が上がることが分かっていてもクーラーをやめることはできません。

走ってから少し寝むなってきましたが、ここで寝ることができなく仕事ですね。

2010年07月13日

体のゆがみ

人間の体はゆがみがあると故障すると操体法では書いてあります。

右利きの人はどうしても右側に力かかるのでそのようにして体のゆがみが生じてくるという。目をつむって同じ場所で歩く動作をすると右側に傾いてくる。どうしてそうなるかよくわからないが必ずそうなります。目をつむってまっすぐに歩くことはほとんど不可能です。ですので体の右側に負担が大きくかかります。そして右側の故障を生じやすい。私の場合は右側のふくらはぎや右側のひざの痛みがよく出てきました。それは右側に負担がかかっていたということでしょうか。左側に故障するとしたら左側に負担がかかっていたということでしょうか。それとも片側の変形がもともとありそのためにそちら側に故障を生じたかということです。

昨年の11月に右側の腰痛が生じてから今まで執拗に続いておりました。ただあまり悪化することなく続いていましたので走ることはできました。操体法のすすめる腰痛体操をしっかりやり、その理論により考え出して走ってきたおかげか腰痛は治りつつあります。左側の足の内側に重心をおき、左側を出すような感じで走っています。左利きのような感じで走るのです。そうすると何となく走りに力が入ります。不思議です。しばらくはこれを実践してみます。

 

2010年07月06日

暑い日が続きますね

梅雨が明けないというのに毎日暑い日が続きます。朝晩はそんなに暑くないのが救いです。

ここ1ヶ月ぐらいでしょうか。ロングは走れません。時間がとれません。毎週日曜日は何らかの用事があり、せいぜい走って2時間弱です。走れない時もあります。それでできるだけ平日の朝は走ろうと思っているんですが、朝起きるのがつらいです。でも朝起きると、眠気も徐々になくなり走れます。走った後はシャワーとすぐに朝飯です。

さて、今週の10.11日は山梨でラン仲間との合宿に行きます。走るというよりお酒を酌み交わすのが目的です。かなりの情熱をもった集団ですので楽しみです。走るには何よりも情熱が必要ですね。そのことが萩往還を走ってみて感じました。

萩往還マラニック事務局より記録集と素敵な写真が4枚ほど入っていました。その中には一緒に走った仲間の姿が映っていました。もう二度と会うことがないでしょう。パワースポーツの写真よりもよっぽど心に残る写真です。

2010年06月28日

義歯

左の奥歯2本がダメになり、抜歯して義歯となってしまった。しかし、その義歯もはめようとするととても痛い。土台の歯肉の部分を触ってみると、なにやらまだ根っこが残っているらしく触ると痛い。これでは義歯もはいらないわけだ。早めに歯医者にいかなくては。インプラントも考えてはいるがまだまだ問題があるらしい。まだインプラントの歴史は浅いのか。

それにしてもここまでにした責任は私にある。チョコレートが大好き。甘いものが大好き。歯ブラシは欠かしたことがないが、甘いものを食べてそのまま放置すればどうなるのかあまり考えていなかった。右の奥歯はなんとかかぶせ物はしているが健在である。この歯がいかれたらとても大変な思いをしなくてはならない。もう甘いものはできるだけ少なく、食べてもすぐにうがいをして口の中を清潔に保つことを考えなくてはいけません。まだまだ60歳です。この先が長いのです。歯だけは大事にしなくてはいけないと思う今日この頃です。

 

2010年06月15日

スポーツドリンク

本日スポーツドリンクの塩分の量を患者さんから聞かれわからなくなりました。こんな時は、講義で教えている看護師さんの講義のテキストが役に立ちます。

薬理学総論という難しい講義なんです。その中で医師でも皆忘れたことが書いてありました。難しいことは省いて結論からいきましょう。生理食塩水は0.9%で1Lの水に9gの塩分が含まれています。NACLの分子量は58.5です。ここから計算して9gの塩分はNAが154mEq/L CLが154mEq/Lといことになります。そこでスポーツドリンクのアミノバリューはNa21mEq/L CL16mEq/Lです。すなわちスポーツドリンクは生理食塩水の約13.6%の濃度ということになります。ということはスポーツドリンク1Lで1.22gの塩分です。500mlでは0.61gということです。先日3Lの水分を取りましたが塩分は3.6gということになります。

2010年06月13日

7時間半走りと歩き

今日は久しぶりに、Sさんと朝午前5時半に自宅前を出発し、富士の塔を目指しました。

行きはよいよい帰りは怖いという感じでしたが、なんとか自宅に元気にたどり着きました。昼11時頃からはさすがに暑くなり走るのも大変で、水を大量に摂取しました。1000円近くも自販機で買ったでしょうか。ということは、3Lは少なくとも飲んでいます。暑くなると足の疲労感も強いですね。

時々、走るのがつらくなり何度も走るのをやめようと思いました。そんなにしてなぜ走るんでしょうか。自己満足と自分に勝ちたいだけです。

それにしても、二人で走ると自分のわがままが許されないので結構きつい練習になりました。着いたのが1時過ぎですから、まさに7時間半の走りと歩きになりました。もう二度とやりたくない練習メニューです。今はとても暑いのでしばらくはせいぜい4-5時間以内の練習でいいでしょう。

2010年06月04日

腰痛

腰痛はまだしつこく継続しております。あまり無理をすると痛みが強くなります。まだまだ用心して練習しろということですね。まだ先は長いので、ゆっくり調整しながら練習すべしです。

操体法というやり方があります。これは腰痛にも応用できるみたいです。よくわかりませんが、勉強する価値もありそうです。また、よく勉強したらご報告いたします。

さて、萩往還250の完走記を長野市の医師会ニュースに投稿しました。反応はそれなりにありました。よくやるねー。ランニング中毒じゃないの。走ることが仕事みたいだね。などなど。だれも、そんなに走ることの意味など考えてくれません。まあ、それでいいんじゃないかと思っています。私も好きで走っているんですからね。

萩往還を走っている時にまず浮かんだことは何でこんな馬鹿なことをしているんだろうという観念でした。でも、馬鹿になってもやると決めたことはやるんだという執念でした。いまでも、暑い中を走っている時は何でこんなことをしているんだろうと思っちゃいます。でも、執念で走っています。生きることはそんなにきれいごとではいきませんよ。執念で生きちゃいましょう。

2010年05月31日

祝勝会

萩往還250km完走とブラインドランナーMさんの長野マラソン優勝(視覚障害の部)を祝ってクラブの有志9人余りが集まって大いに盛り上がった。

ブラインドランナーMさんはまだ若く、将来がとても楽しみだ。私はまだ少し若くまだまだ皆さん期待することが大きいと思えた。調子に乗ってだいぶ飲んでしまった。

みなさんの口からいろんな大会のことが出てきた。おんたけスカイレース、ハセツネ、はてはスパスタロンまで出てきた。

何を話したか覚えていないのだが、皆さんからパワーをもらったのは事実だ。新たに飛躍に向けてさらに頑張ろうという気持ちになった。

そして、スパルスタロンの影が少し見えてきた。

2010年05月17日

いい天気

s-山口 027.jpgいい天気ですが、私用で2日間はランはお休み。いろいろ考えて、今後のレースの参加をほぼ内定しました。

今年は9月佐渡島1周206km、11月戸隠トレイルに参加の予定です。来年の春GWは家族奉仕での旅行をしたい。そして、長野マラソン、野辺山100km、そして、佐渡島1周、戸隠トレイルという案です。再来年の春にはさくら道270kmに挑戦です。

 先が長いのですが、あっという間でしょう。それまで健康に気をつけ、練習を積み重ねるだけです。やはり、レースを入れた方が気合が入ります。

 

萩往還道250kmの出発前の写真がありました。

 

 

2010年05月14日

音楽

練習は再開しています。今日で4日目になります。朝はまだとても寒いです。1時間ほど、軽く平らな道をゆっくりと走ります。
最近は、iPodにこりだしています。ランのときはいつも音楽を聴きながらです。実は萩往還の時も音楽を聴きながら走ったんです。
あんまり音楽が好きではない人間がこりだすと、止まりません。いつでも音楽を聴いています。おだかずまさ、たかはしまりこ、さだまさし、
そして、「This is it」もいいですね。いつまで続くかわかりませんが音楽を好きになってみたいと思っています。
萩往還後はしばらく大会には出ないつもりです。ゆっくり走り、走りを楽しみたいと思っています。仲間との走りは是非やってみたいですね。
2010年05月06日

萩往還道 エピローグ

4)エピローグ

萩往還道250kmを完踏して多くのランナーから祝福を受け少し戸惑っております。

自分のために走った萩往還道。応援のために駆けつけてくれた仲間。途中電話を何度もくれた仲間。掲示板での祝福の言葉。私はそういうことに率直に言って慣れていない。人が完走したからと言ってそんなにおめでとうの言葉はかけておりません。

でも、彼らの心の温かさは何にも代えがたいものであろう。

萩往還道は私にとって目標ではありません。単なる通過点です。これからも私の戦いは続くのです。生きている限り戦いはつきものですものね。

勇気と自信と仲間の存在を知らせてくれた萩往還道よ、ありがとう。

  
2010年05月06日

萩往還道 後半

3)萩往還道マラニック(後半部分)176kmから

 

宗頭に着くと多くのリタイア者がいた。ここでは荷物をあづけてあるので着替えて食事をしようと少しあわてておりました。そのために大事なライトを交換せず、ヘッドライトの電池も交換せずという失態をしてしまいました。そんな時に仲間が助けてくれました。全くライトが光らない状態では走れません。彼は自分のライトを私に貸してくれました。彼はヘッドライトのみにて十分なようでした。彼に甘えて重いヘッドライトを借りて先を急ぎました。仲間が増えて3人になりました。そのうちに6人ぐらいになりました。

みなさん速く、鎖峠に着いたらみんな走りだし私たち仲間はゆっくりと行くことに。ひどい下りをゆっくりゆっくりと走る。途中の自販機でも景気づけにジュースを飲む。眠くて眠くてしょうがない。矢印の通りに行くが矢印の間隔が長く道を熟知していないと迷う道だ。チェックポイントの駅に着くと何人かは横たわっていた。そこでまた昨年お会いした長野の飯田のTさんに出会う。元気そうだ。今年は必ず完走しますと言っていた。彼より少し遅れてこの駅(三見駅)を出発した。田舎の駅です。この駅を出発するとすぐに山道です。その山道で若者がトラックで来ており私設エイドを開いていた。水をはじめ美味しそうなものが結構あった。昨年は用事があり休んだようだが我々のために年に1回この私設エイドを開くのが彼の喜びのように思えた。カーブミラーがある山道を急いで歩いた。誰も走らない。しばらくすると海岸沿いにでた。岩壁に作った山道というべきか。静かな海の音がした。そのままいくと小さな町の中に出て玉井駅に出た。眠気は頂点に達しそこに引いてあった薄いシートで10分ほど係りのひとに言って眠らせていただいた。爆睡した。

まだ暗いのでライトは必要でした。玉井駅を過ぎ萩城跡に向かった。暗いのでほとんど萩城跡は見えない。まっすぐに行き雁屋橋を渡り笠山を目指す。笠山の入口までは遠く30分ほどは走り続けた。昨年は歩くことしかできなかった。また歩き走りを繰り返し、笠山の坂道は懸命に歩いた。といっても、ガニまた歩きで少し速く歩いた程度です。虎が先は遠く、そこにたどりつくとすぐにうどんとおむすびをいただいた。みそ汁も頂きおいしかった。そこに先に行ったはずのTさんが入ってきた。どうしたと聞くと坂道を走りすぎてもう歩くのがやっとですとのことでした。痛み止めは持っているのと聞くと持っているという。それを飲んだほうがいいよとアドバイス。彼を後にしてまた二人で東光寺を目指す。わずか8kmだ。東光寺の道路標示が出てきた。彼はどうしたのか後ろからついてこなかった。やむなく一人で東光寺に向かった。東光寺でチェックを済ますと下りは歩いて彼と会うのを期待した。彼は苦しそうに登ってきた。腰のあたりが痛くてどうしようもないというのだ。痛み止めは持っているのか聞いたら持ってないという。宗頭で忘れてしまったという。ロキソニンは飲んだことがあるのか聞いたら飲んだことがないという。仕方がなく、タイガーバームを渡して腰に塗るように言って彼と別れざるを得なかった。後は萩往還道を目指すだけだ。ここらあたりで多くの250kmランナーを目にして安堵した。彼らの後をついて行こうと決めて気が楽になった。道はだいぶ変わり大通りができていた。萩往還の道の駅に着き、トイレタイム。140kmランナー、70kmランナーが続々と来る。

これからは本格的な山道だ。少し行くと数キロで明木市だ。そこのエイドでおにぎり、ジュースをいただく。ここでも自販機で500mlのボトルを買い求めた。とにかくこれからは給水が一番大事。明木市を過ぎるとひたすら山道だ。一升谷と言われるくらい長い山道だ。でもせいぜい6kmぐらいだ。ここで帰りの方向性を失い地図があっても不安がよぎり来る人ごとに聞いてしまった。一升谷をこえるとアスファルトにでて250kmの若い姉さんに追い付いた。すみませんが一緒に行かせてくださいとお願いしたら、矢印があるの大丈夫ですよとのこと。確かにその通りであった。そのお姉さんといろいろとお話をした。奈良県のひと、ランナーというより山が大好きな人、がっちりタイプではなくそうかと言って華奢でもない。途中で140kmランナーに出会い彼らの後を追いかける。そのうち250kmランナーの集団に出会い彼らの後に。延々と続く暑いアスファルトを歩いて行くと山道を登れという指示のお兄さんの指示のもとに階段で山道へ。そしてまた降り、アスファルトに出てまたすぐに山に登れとの指示。これも難なく登ると後はどこに行くのか不安になって仲間のおじさんに聞くと何を言っているのかと言いたげなおじさん。「瑠璃光寺へ行くだけだよ。」え、もうそんの道なんだと思いゆっくり道を下り始める。4年前に走った140kmの道なんだ。でもあの時は下りは足が痛くて下るのが大変だった。今年は違う。足が痛くなく、どんどん下っていけるではないか。石畳もなんのその全く気にならなかった。あまりにも早く石畳の道をすぎたのでこの道でいいのだろうかと不安な気持ちでした。また140kmのランナーにこの道でいいのでしょうかと馬鹿な質問をしてしまう。天下畑にでたのであと4km当たり下りを走るだけだ。歩いている人もいたがここで歩いてはならないと自分に言い聞かせてひたすら走る。帰りは涙、涙でした。涙を隠すようにゴールに走って飛び込んだ。とても嬉しい瞬間でした。

 
2010年05月06日

萩往還道マラニック 前半

3)萩往還道マラニック(前半)

いよいよマラニックの始まりの朝はゆっくりと起きる。と言っても4時ごろに目がさめ温泉に入ることにした。そして朝飯をしっかり食べまた眠りの中へ。

緊張もありぐっすりは眠れないがまどろんで体が休まる。

10時頃に電車に乗りスタート地点の瑠璃光寺へ。すでにいつでもスタートできる格好で行ったのですが出発は午後6時で時間は十分にあった。付近を散策したり、中原中也の記念館にも足を運んだ。午後4時半ごろにはもうスタート地点には選手が集まり始めていた。知っている人がいないか探したら一人マラソン仲間のドクターがいた。彼も昨年途中足を痛めリタイアしたのでした。彼と握手をして完走を誓い合った。のどかな瑠璃光寺の一角をお借りしてそこから360人の選手が時間差で出発した。町の中をゆっくりと走り始めた。私はどちらかというと第一集団のの後方に陣取りスタートしたがすぐに第二集団が追い付いてきて次から次へと私を追い抜いて行った。町の中を通り抜け川べりを気持ち良く走った。山口は中ぐらいの川が結構あり川べりが公園化していてまた緑いっぱいの小さな山々が近くにありそこを走るのは心地よかった。

さて、萩往還道マラニックとはどんなものか簡単に説明しておこう。

簡単に言うと山口県の北部をぐるっと一周する感じです。最初は豊田湖、その次は砂利峠、俵島、千畳敷、黄波戸峠、宗頭、鎖峠、萩城跡、虎が先、東光寺、そして最後に一番の難所、萩往還道が待ってます。萩往還道は山道です。整備された山道で一本の道が延々と続きます。しかし、今回はとても暑かったようですがこの山道の中はとても涼しく斜度は結構あるにもかかわらず快適に登ることができました。途中に小さな町が2か所ありそこでは、祭りがあったり、おいしい豆腐をいただいたりとても優しくして頂きました。そのあとは今度は暑いアスファルトの上を歩き走り、途中で山の階段を上ったり下ったりします。最後は板堂峠という最高点に着いたらあと2kmは石畳と普通の山道を下り、そこからはアスファルト道をゴールまで4km程をゆっくりと下るだけです。48時間以内で回らなければいけないので歩いていては間に合いません。私は歩きは遅いと思っておりましたが、意外と速く歩けびっくりしました。途中は当然眠気が襲ってきますので、それに耐えるか、途中で少し休憩するかです。私は、玉江駅という小さな駅で10分ほど爆睡しました。係りの人が10分したら起こしてくれました。道中ですが山口は極端に街灯が少ないです。まあ誰も通りそうもない所を歩いたり走ったりするわけですので、当然かもしれませんがそれにしても真っ暗で街灯ぐらいあっても良さそうです。ですので女性の単独での走りはとても危険です。また迷う危険性もあり、夜中は方向感覚が狂いますので一人での行動はよくないと思いました。矢印があってもそんなに細かくあるわけでもありません。250kmの距離の間を細かく矢印をつけること自体が無理です。

そんなわけで、完走するためにはかなり道を熟知しているか集団での行動が必要になります。

マラニックの説明はこのくらいにしてまた元に戻りましょう。

あまり詳しい説明をしてもたぶん面白くもないので要所だけを話していきましょう。

最初のエイドは13kmほど先の上郷。おにぎり、バナナ、チョコレート、お水、スポーツドリンク、お茶などです。まだ疲れていないのでみんな元気です。すぐに出発です。夜の帳がおり次第に暗くなってきました。もうライトが必要です。ヘッドライトをつけたらほとんど暗く役に立たない。手持ちライトは明るく、それで十分でした。これから長い行程です。少しも焦る必要はありません。たんたんとゆっくり走りました。下郷のエイドまでもだいたい同じぐらいの距離です。エイドないし、チェックポイントまではだいたい2時間ぐらいか1時間強でありその都度チェックすれば自分のスピードがよくわかります。

次第に峠に差し掛かりますが、そんなに苦しくもなくただ淡々と走りました。みんな私を追い抜いていきます。いつか彼らはきっと疲れ私が先行するに違いないと思い全く焦らず。

豊田湖に着くとうどんとおにぎり二つです。私はもう足に来ていてちょっとした拍子にうどんを持ったまま転んでしまいました。足の擦り傷程度。係りの人がうどんをまた持ってきてくれました。食べるとまたすぐに出発です。まだ仲間もいず、一人で走っておりました。集団がばらけてきましたが赤い点滅ライトがランナーの存在を知らせてくれます。ほとんどコースを熟知しているとはいえ真夜中の走りは不安であります。深夜の走りは寒く歩くと途端に冷えてくるので走るのみです。俵屋温泉をめざしました。そこでも軽く水をいただき出発です。すぐに峠があると思ったのですが、いつのまにか峠を越えておりました。あとはダム湖のそばを通り下りのみです。昨年も暗かったけど今年はもっと暗い。下り道で注意することがありました。一つはスピードを出さないで走ることでした。しかし下りが強くどうしてもスピードが出てしまう。そんな時は前傾姿勢を強め、足もしっかり延ばして走ると足の負担が軽くなる気がしました。そろそろアミノバイタル(粉末状)を飲んだほうが足の負担がかるくなるだろうと思い飲む。気休めであったかもしれないが、クラブの信頼できるランナーが愛用しているので今回は試しに飲んでみることにしたのでした。そして一日3回ロキソン(鎮痛剤)とタケプロン15を飲むことにして足の痛みと胃の不快感をできるだけ少なくしようと飲み続けました。

ダムの道も終わりエイドに着く。ここでは、おにぎりと味噌汁をいただいたような気がする。予定最低時刻より2時間ほどは早く着いた。気持ちもだいぶ楽になり、足を進める。まだ走れる距離だ。ゆっくりと走り、海湧食堂に着くと今度は軽い中華丼でした。すべての道は平らなところはほとんどないです。ほとんどが坂道です。海湧食堂でおいしく食事をして俵島を目指しました。昨年はここで股関節を痛めボルタレン座薬を草むらで入れたのが思い出されました。今年は前回より早く着き、しかも体調はよいほうだ。俵島に着くと今度はまたひどい登りだ。俵島コースの真ん中でいつも来ているおばさんからおいしい水をいただく。ここでやっと100kmぐらいだ。時計方向にまわる。また厳しい登りだ。その後は厳しい下り。らせん状に道を走った。そして何人かを抜いた。やっと島を抜け出し、川尻岬を目指す。またこれも登り。ここは我慢して走る。歩きも入れたが大分走れた。川尻では8時頃だ。早お昼ご飯です。カレーライスをいただきました。どこのエイドのカレーも同じ味がする。それでもカレーはおいしい。休むこともなく、水の確保をしてすぐに出発です。急な道なので歩く。分岐点に差し掛かりやっと走れるようになった。神社のわき道を通り稲田や海が見えてくる。下ると漁港に出る。漁港の前にお店があり自動販売機で水をしっかり確保して厳しい千畳敷の登りに備える。そろそろ暑くなってきた。登りはゆっくりとしたガニまた歩きにした。このほうが早く歩けることに気がついた。下りは昨年と違いゆっくりと走れた。そしてまた厳しい登りだ。ガニまた歩きをして進んだ。最後は暑くハンカチを帽子の下にして強い日射は防いだ。そしてしっかり水を飲み前にすすみ、途中からは思い切って走ってみたら走れるではないか。そのまま千畳敷の頂上まで走る。すると仲間の誰かが具合悪そうだ。近づいてみると知り合いのドクターではないか。汗がだらだらと出ていて顔色が悪い。立ち上がれそうもないのだが日射が強い中いては危険だと思い、私の水を与え、近くのお店まで歩かせた。お店は混んでいたが無理を言って日陰の椅子に座ってもらった。迷惑そうなお店の人。ソフトを食べたいというので買うも食べれない。風があり近くの草原で休みたいというので連れて行く。マラニックの本部に連絡取るも何も知らないおばさんが出てきてまったく対応に乗ってくれない。タクシーを呼ぼうとお店の人に聞くも知りませんのでタウンページをみてくださいと。なんと不親切なと腹が立った。タウンページを見てもここがどこでどのタクシーを呼ぼうかと悩んでいたら彼が「少し良くなってきたので大丈夫です」という。あまり顔色は良くないがまあ風もありそんなに日差しが強くなくなってきたので心配であったが彼と別れた。千畳敷の下りはひどい下りで去年は歩くのが精いっぱいであったが今年はスピードを出して下ってしまった。途中でマラニックを取り仕切っているランナーKさんに会ったので病人が出た時の対処をもうちょっとしっかりとするようにお願いした。彼もそんな事情を知らず、何とかしますとの返事をいただいた。最大の難関を乗り越えるまえはもうすでに何でも来いという気持ちになっていた。千畳敷は最大の難関です。距離的には短いのですが暑い日差しと急な登りで多くのランナーを苦しめます。でもよく考えたら富士の塔8kmの半分ぐらいの距離でしょう。富士の塔で何回も練習した私はそんなに苦にならなく着いてしまいました。問題は下りでしたが、今回は足を温存した作戦が功を奏してこれも難なくクリアしました。エイドに着くと今度は高校生がかいがいしく働いており、なかじまさんお帰りなさいと迎えてくれました。パンとカップヌードル、アクエリアスをいただき出発しました。

出発ランナーはだれもいなく、一人でとぼとぼと歩いたり走ったりでした。昨年はショートカットをしましたが今年は時間的にも余裕があり今だ行ったことがない正規の道を行きました。たぶんショートカットすると20分ぐらいは速くなるはずです。でも、今回は余裕もあり景色を楽しむこともでき、延々と続く海沿い走り、そのうちに交通量が多い町中に出ました。ここでも暑いので自販機で水を求めました。日射病の仲間のこともあり、水分摂取だけは気を付けました。そして、アミノバイタル、胃薬、念のため鎮痛剤も飲みました。足には来ていたのですが昨年とはうそのようにとぼとぼと走り続けました。この頃でしょうか仲間と一緒に歩き走りをしました。途中でコンビニにより軽いパンとトマトジュースをいただきました。それでまた元気になり、また歩き走りをしました。午後4時前に仙崎エイドに着くとタマゴンさんから電話あり。応援のために兵庫から今来ているから帰りの仙崎で8時に会いましょうとのこと。わざわざ応援に来てくれるとのことなんと奇特な人でしょう。その時には仲間と一緒に走っていましたので青梅島の鯨墓まで行きましょうとすぐに出発。彼は初めてで64歳。でも力は十分にありそう。謙虚な人で仲間としては申し分がない。そんなにもう暑くもなく暗くもない海沿いを始めて走りぬけました。いつもは暗い夜道を走っておりました。峠が行きに二つあり、これがまた長ーい峠でした。でも何でも来いと思っておりましたので恐れず淡々と歩き走りをしておりました。鯨墓について少しだけ休んでまた仙崎に向かう。まだ明るい。うれしい。途中で静が浦で夕飯を食べる。ここでもカレー。いい加減カレーには飽きてきたので今度の朝飯ではうどんにしようと決める。私は余り話をしない方でしたが、仲間はよく話をしてくれて気を紛らしてくれました。どこの素性かも知らない仲間と信頼しながら走り続ける。仙崎に着くとタマゴンさんに会う。予定時刻よりも早く7時半には着いた。そこでタマゴンさんと楽しくお話をしてさくら道のことなどをお聞きした。今年の萩往還はリタイア者が続出しているとのことでした。人ごとのように聞いていたのですがタマゴンさんは気を抜くなと警告してくれたのだと思いました。

後は宗頭までの12kmです。前半部分はここまでです。午後8時前に出発して仲間とまたとぼとぼと歩き走りです。真っ暗な道をライトを頼りに進みました。前後にランナーがいただろうか。ほとんどいなかった。しかし道はほとんど頭に入っていたので全く心配なく仲間と走る。道は知っていても真っ暗な道を走るのは不安だ。仲間の存在は心の支えでした。宗頭まで昨年は3時間かかったのに今年は2時間ぐらいで着く。歩くのと走るのではだいぶ違う。しかし宗頭までは単調で平らな道でばかに遠くに感じた。

  
2010年05月06日

萩往還へ

 

2)萩往還へ

5月1日から6日まで休診にしてゆっくりした気持ちで行くことにしました。山口は遠いです。妻を含めて3人で旅に出ました。特急、新幹線で行っても6時間はかかります。長い道のりでしたが楽しんでいくことができました。妻は岡山でおり、観光へ。私一人で山口の湯田温泉に向かいました。夜は妻たちと楽しいひと時でした。居酒屋はいっぱいでさびしそうな提灯がぶら下がっているお店へ。入るとママさんが一人で忙しそうに働いている。なかには労働者風の人がタバコを美味しそうに飲んでいてまさに大衆飲み屋でした。座るところもありこれはいいと思いしっかりと座りビールをいただき、次は日本酒の地酒を2杯いただきました。料理もママさん手料理の味で居酒屋よりもよっぽどおいしい食事でした。労働者風のひととも少し話をする。250kmも走るんですよと妻が言うとばかなやつだなと切り返される。そのおじさんから磯の海藻のできたてをいただきご飯にかけておいしくいただく。

 

2010年05月06日

萩往還道ープロローグ

萩往還道250kmマラニック

 

1)プロローグ

 

これを完踏するのは私の大きな課題でもありました。なぜ?それは登山家がなぜ登山をするのか同じような次元の問いです。

この一年間かけて追い求めてきました。いや、3年間と言っていいでしょう。今まで2回挑戦してあえなく撃沈しており、このままでは引き下がれない思いが強かったのです。どうしたら萩往還道を征服で来るのかおおいに悩みました。往還道を完踏している人は体ががっちりしている人が多いです。やはり自分にはダメなのか。この痩せた上半身、ミイラのような体、それに引き換え発達した下半身。でも、どこにも上半身の力は必要だとは書いてはない。でも走っていると腹筋は必要だと感じる。そして、今年の夏のころからか毎日腹筋を100回を1日に3回。腕立てを1回50回を同じように3セットすることにしました。3ヶ月ぐらいは続きましたが、昨年の11月に急に今まで経験したことがない腰痛に襲われてしまいました。それで、筋力トレーニングは挫折しました。

私の考え方を変えたのはある武士道の達人の本です。無名の達人で94歳ごろまで武士道を追い詰めてきた人です。名のある有名な人の本も読みましたが、この武士道の方には及びもつきないことを感じました。死ぬまで彼は武士道をもとめ鍛錬を怠りませんでした。

彼の言葉で心に染みた言葉は、鍛錬は限りがない、追い求めれば求めるほど何かがあるということ。目標を達成したと思ったらその人はその時点で進歩が止まるということです。

また大事な指摘は、精神力は鍛錬などで鍛えなければいけない。なにか、水かぶりとか厳しい修行は武士道にとって何にも役に立たない。同じことはマラソンでも言えると思いました。マラソンで強くなるためには走ることで精神力は強くならなければいけないということです。

もう一人私に大きな影響を与えたのはウルトラマラソン界で知らない人はいない小野木先生です。彼の今までのウルトラマラソンでの経験。そして強くなるためにはどうすればいいのか。ウルトラマラソンでは健康を害してはいけないという強い信念の持ち主。ですのでかなり徹底した食事療法をしています。減塩、野菜を十分取ること、玄米食の推進者でもあります。そして走るにあたって細かな注意が充満した「危ないランナー」の著書でもあります。

そんな二人の強い影響を受けながら私は走ることに情熱を燃やしました。

この1年のレースの参加は佐渡島1周206km参加と、戸隠の42kmのトレイルレース、青梅マラソン30kmだけです。このほかの参加では長野マラソン企画のマラニックが厳しくこれをこなすことが課題でした。普通の人では考えられない長野駅から長野市で一番高い高妻山までのマラニック。暑い夏に行われる松代大本営までの走りと上田駅から別所温泉までのコンビネーション。これらの課題をこなすだけで十分に練習はできると考えました。

しかし、11月の21日に急に襲われた腰痛。それ以来十分な練習ができなくなり、12月から3ヶ月間は十分な練習はできませんでした。しかし練習の代わりに椅子の登り降り、歩きとゆっくり走りの交互の練習を重ねました。

青梅マラソンは2月にありそこで本気で走りました。結果はいけると判断しました。それから1週間の休暇を取り2月からは徐々に練習を強化していきました。萩往還250は嫌というほど坂道があります。これを克服するためには坂道を走らなければどうしようもないと考え、8kmで標高差600mのある富士の塔を練習の場と選びました。6回ほど3,4月の間に走りました。この2ヶ月間の走りが勝負を決めると考え、できるだけ毎日走りました。朝の走りは1時間以上、たいていゆっくり走ですが、腰のために坂道走は週に2回と平坦走4回ぐらいでしたでしょうか。特別に厳しい訓練はしなくただゆっくり走を繰り返しました。月間の走行距離は自己満足になるだけだと思い特別はからず、ただ毎日の時間を記録しました。

そして萩往還道を完走るために昨年の失敗を繰り返さないためにどうすればいいの考えました。昨年は最初から突っ込み速く走ったためつぶれました。そして、予定の到着時間からかなり遅れ焦りました。焦りが焦りを呼びさらに走りが不安定になり結局自滅してしまったのです。心も自滅してしまいました。そんな反省からどんな行動予定表が役に立つのか考えました。焦るとエイドとエイドの区間がとてつもなく遠く感じます。実際に調べるとなんだたったのこれだけの距離かと思いました。そして、予想される最低の区間時間を計算しました。予想される最低のエイドの到着時間、そして予想される最低の区間時間をだしてまとめ、ぎりぎり到着の予定表を作りました。これがとても役に立ちました。

地図も要所だけを切り取りポケットに入れることにしました。寒い日に走っても足は冷えないことに気付きましたのでタイツは履かないことにしました。バッグは重いので、腰につけるいいものはないのかいろいろ物色してなんとかみつかりこれで行くことにしました。これで持ち物は大分軽くなりました。腰につけるには軽い雨具などが必要でしたので高いのでしたが買い求めました。胃薬、痛み止めは小野木先生の本をご覧ください。

今回初めてサプリメントを使いました。結果は良かったかもしれません。その点に関しては結論が出ません。

2010年04月30日

やっと仕事が終わりました

午後7時やっと仕事が終わりました。たくさん患者さんが来てとても疲れました。でも、明日は土曜日で休みではないと思ってくる人もいます。また6日も休みます。この日も休みではないと思ってくる人もいます。誠にすまないことだと思っていますがどうしようもありません。

一昨日は患者さんへの説明不足で診察室に入ってくるなりひどく怒られました。一番で待っていたのに1時間も待たされたというのです。それはそうですねー。血液の検査を急にすることになりその結果が出るまでに時間がかかり、そのため長く待たされてしまったというわけです。受付でしっかり説明しておればそんなことにはならなかったのでしょうね。でも難しいですね。

 

仕事上のことも忘れ明日から出かけます。どうしたら完走できるのかまだ思案しております。練習はそれなりにしたので作戦が大事です。これからしっかり考えます。遅すぎるかな。

携帯はもって走ることにしました。知っている人が電話してくれるとの事で、それではということでもっていきます。電話歓迎です。

 

2010年04月23日

萩往還ももうすぐです

今年は1日から6日まで休診することにしました。そして、妻とその友人も一緒に行くことになりました。泊まるホテルはニュー田中です。GWだというのに安いです。妻からはこれが最後だねと最後通告をされています。そんなわけで今年は3回目の正直で完走したいものだと強く思っています。そして今だに練習に余念がありません。後1週間余りですが、これからが勝負という感じであります。毎日坂道走を少しだけしています。毎日1時間20分あまり走っています。ゆっくりと確実に走るようにしています。朝は寒いのですが、まだまだ桜も咲いており気分良く走っています。

腰の痛みがないわけではありません。でもこれが原因で走れなくなることはあまりないでしょう。今はただ足腰を少しでも鍛え続けることにしています。

いろんな事が思い返されます。萩での苦しい思い出。それを思い浮かべながら走っています。

2010年04月21日

春爛漫

今日の午後は仕事が少なかったので千曲川沿いの小布施に向かいました。小布施橋を走っていると左側には菜の花畑が一面に見えました。黄色いじゅうたんみたいでとてもきれいです。そして周りには桃の花がピンクに咲いていました。栗の花も白く咲き乱れていました。橋の下の方には鯉のぼりが何匹も風に揺られておりました。こんないい場所に人が集まらないわけがありません。何にんもの人が散策していました。

私はひたすら走りました。ゆっくりとね。250kmを走りきるためにはどんな走りが必要なのか絶えず考えています。難しいです。それでも省エネの走り方はないのだろうかとか、力まない走り方はないのか、などなど250km先を考えた走りをしようと考えています。

もう10日余りですが、盛んに走りこんでいます。別に焦っているわけではありませんが(半分焦っています)走ることが気持ちよく走り続けています。

きれいな山々と春のおとづれを感じた走りでした。

そうそうまだ桜が満開で咲いています。こんな時期なのにまだ桜はきれいに咲いています。桜吹雪になっていました。今日は風が強かったのです。

2010年04月13日

貧血

ランナーは貧血が多いらしい。先月私も血液の検査をしたら貧血の指標である血色素量がいつもより低かった。いつもは14以上はあるのですが、13台でした。これはまずいと思いさっそく鉄剤を飲み始めました。毎日鉄剤を1錠飲んでいます。自覚症状はありませんが、せめて正常の真ん中ぐらいにはしたいと考えております。

昨日も月400kmも走っているランナーの検査をしたら血色素量が13台でした。やや正常より低めです。来週は長野マラソンで走るというので鉄剤を1日3錠飲んでもらうことにしました。貧血は結構早く改善します。

ランナーの皆さんは血液の検査を時々したほうがいいかもしれません。貧血の陰には癌が隠れていることもあるので注意が必要です。胃の検査と便の潜血反応の検査は最低1年に1回必要ですね。そういう私もそろそろしなくてはいけない時期ではありますが。

 

毎日快適に走っております。ランパンで走るとことのほか気持ちがいいですね。

2010年04月09日

走りやすい季節

今日は思い切りランパンでゆっくりとリハビリ走をしました。初めてのランパンでの走り。タイツをつけて走るより明らかに足が軽い。走るのが楽しい感じがする。今は萩ではどんな格好で走るのか悩んでいるのですが、ランパンで走ろうかと思っています。ただし、膝と、かかとのテーピングは欠かせないのではないかと思います。夜間に歩くようだとランパンは寒い。でも、歩くようだと萩は完走できないのです。いくら遅くてもできるだけ走ることに執着しなくては完走できません。足の痛みがあり走りたくはなくなってきます。でも、完走するためには痛みをこらえて走り続けるしかないのです。その後で完走という何にも代えがたい喜びがあるのです。

走ることが好きなのでできるのでしょうか。楽しんで走り時に苦痛を乗り越える。これか走ることの素晴らしさではないでしょうか。

2010年04月02日

今日は走らず

朝起きると、雨がしっかり降っていました。冷たそうな雨。走る気持ちが萎え、またベッドの中へ。電気をつけたままうとうとしてました。こんな日はなんとなく締まりません。仕事を終えてお昼にはしっかり晴れていても走る気持ちにはならず。歯医者にいきました。左の奥歯がすっかりだめになり毎週歯医者に通っています。右の奥歯がしっかりしているからいいようなものの先が思いやられます。時間はなんとなく早く過ぎていきます。でも腰にとっては良かったようです。明日は気持ちをしき締めどんなことがあっても走りましょう。

小野木先生の「あぶないランナー」をまた最初から読みなおしています。いいことが結構書いてありますね。この先生はよく勉強してます。

私は今、漢方にはまりつつあります。西洋医学ももちろん大切なんだけど、漢方の世界は人間的なようです。人を全体でとらえようとしています。未病という考えも好きです。いろいろ言う患者さんをいろいろ検査しても異常がない場合が多いのですが、西洋医学ではそんな時はまず精神的な問題があると考えます。ところが東洋医学ではそんな状態をそのまま受け入れ症状を改善することに力を注ぎます。人をそのままとらえる。難しいことです。これからは漢方に本腰をいれてがんばりたいなー。

2010年03月26日

梅が咲いた

寒い春がやってきています。それでも梅は咲き始めています。桜はまだまだでしょう。

朝起きると腰の痛みがないので当然の如く走り始めます。1時間ぐらい走ると決まって少し腰が痛くなります。仕方がなく体操したりマッサージをしたりしています。そんな調子で毎日のように走っています。先日の日曜日は4回目の富士の塔です。7時間走です。ほとんど走りました。富士の塔からは飯縄山、高妻山、戸隠連峰が見えます。澄み切った空に雪をかぶった山々はとても素敵です。辛い山登りの後はこれが一番です。

萩までそうこうしているうちに1ヶ月余りです。あと1ヶ月もあるという感じにとらえています。1ヶ月も十分にトレーニングができるということです。そうです、これからが勝負なんです。調整を含めて最後までしっかりやる。萩は年に一回しかありません。楽しんで走ろうじゃないですか。

2010年03月19日

好調ですね

3月に入ってから2日間を除いて毎日1時間以上走ってます。ゆっくりではありますが。2回は富士の塔までの6時間半。1回は富士の塔までの2時間走です。先日の富士の塔では雪も溶け、展望台まで登れました。展望台は標高998mです。

もちろん腰の痛みはあります。でも不思議に悪化しません。朝の走りは楽しいです。最近はすっきり目が覚めます。

好調の原因はなんだろう?お酒を控えめにしている。今週は結構飲んでいるが、基本的には家では飲まないと決めている。眠り酒のために少しだけ焼酎をのむことはありますが。

腹八分目、いや7分目のように心がけている。現実はちょうどよく食べていることになります。ですので快食快便です。

野菜をいっぱい食べています。肉も食べますが、あまり食べません。

サプリメントを飲んでいます。アミノバイタルを飲んだところ疲れがだいぶ違う感じがしたので飲み始めました。ほかのサプリメントにも手を出しました。

マッサージ用のクリームやオイルを使い始めました。接骨院に行くと思えば安いものです。

そんな感じでお金がかかります。しばらくの我慢です。

軽い痛み止めも飲んでいます。少し効果があるようです。

2010年03月15日

2回目富士の塔

深夜に近い早朝、自宅を出ました。目指すコースは前回と同じ。ヘッドライトをつけて走るのだがやけに暗い。バッグはつけず、サイドポーチ2個。ボトルが入るところもあり便利。食べ物はソイ2個とパワージェル2個のみ。寒いとあまり給水はいらない。2時間余りで富士の塔へつながる橋に到着。そこでパワージェルとソイを食べ給水していざ出陣。途中までは雪はなくそのうち雪解け水が流れている。さらにいくと、路面が凍っている。さらに行くと、除雪しない雪道が現れた。雪質は少し硬い。走るたびにズボッとした感じである。鹿の足跡に沿って走る。ウサギの足跡も現れる。それにしても、少し硬めの雪はつらい。ズボッ、ズボッとしながら走っていく。ゆっくり走るのだが辛い。富士の塔近くになるとそれも結構深くなり、声をかけて登る。無事富士の塔直前まで行ってすぐに帰り途に。帰りはとても走りやすいと思ったら石に足を取られたのか転倒してしまった。幸い大したこともなく走り続けられた。あとは帰り道だけです。まだ坂道です。ゆっくりゆっくりと走ることだけに専念する。あと一時間で着くと思う頃がきつい。こんな調子では48時間近くも走れるのか不安が頭をよぎる。ペースをさらに落として楽な走り方に変える。なんとかあまり苦しまないで家に到着した。

6時間37分でした。腰も少し痛くなり私用もあり、しばらく長時間走はできません。気楽にやっていきます。

2010年03月13日

腰痛が続く

まさか、萩のときまで腰痛が続くとは思いませんでした。今の調子だと後半年は続くんじゃないでしょうか。いやらしい強い痛みではありませんが、腰痛は完全に慢性化しています。腰痛と共に走る羽目になっています。ですので時々休息日が必要です。

といいながら、毎日のように走っています。3月は大事な時期ですからね。ゆっくりと腰の痛みが悪化しないように走っています。

 話は違いますが、よく神社にお願いに行くひとがいますが、私は殆どしません。しかし藁をもつかむという感じで神社におまいりに行くことがあります。先日ラジオで神社に行くときは願い事をお祈りするんではなく、頑張っていますのでどうぞ見守っていてくださいというのがいいんですよと誰かが言っておりました。そうです。他力本願ではなく、自力本願でいきましょう。

2010年03月08日

富士の塔へ

自宅から走り始め富士の塔を目指した。小雪がちらちら、寒い。半そでに薄いウィンドブレーカーとその上に雨対策のうすいポリエステル製のものをはおり、サイドポーチをつけ本番さながらに走り始めた。力を入れないでゆっくりゆっくりと先を急いだ。富士の塔の上りの入口に着くまでに少し疲れたが、パワージェリーを飲んでゆっくりと登る。今まではほとんど仲間と全力で走って行ったので苦しくて苦しくてつらい思い出しかないのですが、昨日はゆっくりと周りの景色を眺めながら登る。

少しのぼると周りは真っ白だ。朝日観音から上はもう道も雪道だ。どんどん上るが雪道は次第に深くなって行く。誰の足跡もない雪道を鈴を鳴らしながら登る。そしてついに富士の塔へ。

ゆっくりもすることもなくすぐに下る。下りはスピードが出る。しかしスピードはよくない。途中で左の足首に違和感を感じ、止まりストレッチ。スピードを出すとおんなじ症状。ゆっくりと走ると何とか症状もなく下る。富士の塔は本当に登りの訓練になる。一時間ぐらいの登りなのですが、行けども行けども上り、精神的にも、登りの訓練にも最適だ。

帰りはいつもへたばってしまうのですが、途中寄り道して、お焼きと団子を買い昼のおかずにする。そこで団子を2本食べる。帰りも登りと下りの連続。ゆっくりでも、歩かないことを胸に刻みひたすら我慢して走る。(そんなにきついほどではなかった)帰りもまだ雪がちらほら。それでも走っていると寒くはならない。あまりにも不恰好な格好で走るのも気になり、できるだけ衣服を整えて走る。そして、団子とおやきを持ち替えながら家に到着した。朝早くから午前中いっぱいかかってしまった。

やはり、走っている時はなんともなくても、走った後には腰の痛みが出てきた。少し我慢してまた走りましょう。ここであきらめられません。

2010年03月04日

走りやすい季節です

長野も寒いのですが、朝のランも軽装で走れるようになりました。5日ぐらい毎日1時間程度しか走っていませんが、とても気持ちがいいです。腰の痛みは和らぎ、再び右足のふくらはぎの痛みが出てくるようになりました。完全に痛みから解放されて走ることはあまりないです。でも、マッサージなどをしながら走っています。

萩で使うシューズも買いました。ナイキの靴がとてもよさそうです。なるべく軽装でいきたいものです。できればバックなしで走りたいがどうでしょうか。

一番の心配は痛みです。痛みと戦う力がでてくるのか。故障は大なり小なり出てくると思う。それを乗り越える力を持ちたい。これだけは、自分の力で乗り越えるしかありません。

3,4月が勝負でしょう。故障しない範囲で厳しいトレーニングをやるしかありません。それが、あの厳しい萩を乗り越える力になると思います。

公私共に忙しくなりそうですが、それでもやりましょう。走ることは私に力をくれますので。

2010年02月22日

6回めの青梅マラソン

当日はやや肌寒く、走るのにはとてもいいコンディションでありました。号砲とともに集団が動いた。スタート地点までには2分かかる。1万人以上の集団です。陸連登録してあるので前の方からスタート。みんな速い。私は少しだけ遅れがちであるが5キロ表示では25分ぐらい。ペースとしてはこのぐらいでいいだろうと思いひたすらキロ5分で行く。ちょうどキロ5分で走っている人の背中に着いて行く。走っているときは周りの景色は見えてこない。ただひたすら走るのみでありました。集団はほとんどバラけなく、気持ちよくキロ5分で走る。すぐに折り返し地点に着く。あとは下りのみ。しかし下りの怖さをよく知っているのでキロ5分を守る。途中バナナを食べ元気をつける。ひたすらキロ5分で走り、キロ5分で走っている人について行く。あんまり苦しくはない。しかし、25キロ地点で足に来始める。それでもがんばってキロ5分を目指す。みんなからはどんどん抜かれるが、マイペースで一歩一歩が大切だと言い聞かせながら足をゆるめない。以前のようにガンガンは走れない。最後の2−3kmはややふらふらぎみでありまし。でも頑張りました。時間は2時間34分でした。ほぼキロ5分を貫くことができました。まずは成功の走りです。

前日は大学の友人と4人で飲み、例の如く友人宅に泊まらせていただきました。そして当日は来初如帰のメンバーとおいしい食べ物にもありつけまたビールもおいしくいただきました。

2010年02月20日

久しぶりに東京へ

明日は青梅マラソンです。私にとって青梅は懐かしいレースです。30kmは短いようで長いのです。行きはよいよい帰りは辛いという感じです。青梅の古い町並みを走るのが好きです。そこを過ぎれば左側には山が見えてきます。15キロの折り返し地点までは皆さん元気です。登りですがまだ足は元気です。

くだりになってしばらくは皆元気ですが、20kmぐらいからちょっとおかしくなります。足に来るのです。足ががくがくになり力が抜けた感じになるのです。そして補給をしっかりしないとふらふらになってきます。下りは走れるようで意外と足に来るのです。

そこを頑張れば、後は楽です。あと5kmはがんがんと走れます。沿道にはたくさんの人が応援してくれます。そんな中を楽しく走りたいものです。今年初めてのレースです。3年ぶりのレースです。

2010年02月11日

30km走

ここ2日間は走っていません。今日も朝トイレにて腰がいやな痛みがあり、散歩のつもりで家を出ました。あまり雪がなくいつの間にか走っていました。そして目指すは30kmコースです。30kmをまじめに走るのは数カ月ぶりです。腰のことも心配になりましたができるだけ走れるところまで行こうと考えました。恐る恐る走りましたが、意外と腰は痛くならず。15km地点までは比較的簡単に着くも1時間50分かかりました。ここで飲み物休憩。自販機を使う。飲み干して走り続ける。ここからは下りです。まさに青梅マラソンと同じようなコースです。しばらくは幹線道路に沿って走るので空気は汚くうんざりです。長野みたいな田舎でも走るとなればそういい場所はありません。どうしても車が多い道路に沿って走らざるを得ません。田舎道もあるのですが、コース全体の中では7割ぐらいがやっとです。あとは汚い空気の中を走らざるを得ません。(健康上はよくないです)下りは結構疲れます。だんだんと足にも来ています。しかし景色はよくその点では田舎はいいです。25km地点で急に走れない感じになりました。めまいを感じ、足が前に出ない。これは低血糖かなーと思われる感じです。でもまわりには自販機はない。歩きながら這うようにして前に進む。やっと自販機が現れる。また同じ紅茶を飲むことにする。するとやはり走れるようになる。何とか自宅まで走り時間は3時間50分。やはり下りでも帰りはきついです。30kmを走っても腰の痛みは出てこなく走りには関係ありませんでした。

これで青梅は何とか走れそうですが、スピードを抑えないと下りの15kmはつらくなりそうです。ゆっくりと走れということですね。

2010年02月08日

腰痛と共に

ここ2日間の大雪で雪かき作業に追われていました。今年は雪が多く雪かきが大変です。広い駐車場の雪かき作業、誰も手伝ってくれないので私がやるしかありません。しっかりきれいにして今日は駐車場には雪は少ないです。

これもしっかりやってか腰の痛みがまた出てきました。それでも、練習はしないわけにはいきません。腰にベルトをして走ることにしました。昨日は1時間45分走りましたが、雪が多く思うようには走れませんでした。そして今日は早朝1時間ほど走りました。今朝はすごく寒く路面は凍っており走るのが怖いです。走ってみて腰痛はまだ悪化はしないようですが、そんなにがんがん走れませんね。こんな感じで青梅を迎えることになるのでしょう。

腹をくくって萩往還への参加を決め旅館を予約しました。萩往還は5月2日からです。

腰痛と共に練習に励みましょう。

2010年01月30日

走れる

24日から一日を除いて毎日走っています。約1時間ぐらいですが、ゆっくりと力を入れないでリラックスして走ってます。今日も睡眠不足の中を思い切り走ることにしました。まだ暗い中をそして白み始める中を寒い空気を吸ってただただ淡々と走るのは楽しいです。少し腰の痛みはないわけではありませんがもうそんなことはどうでもよくなり始めてきています。力を入れないでリラックスして走れば意外と腰の痛みは気になりません。

本格的に走りこみができるのはまだまだですが、このまま楽しく毎日走れそうです。そして、青梅マラソン30kmを完走したいと思っています。

ストレスが多い中での毎日ではありますが、走ることは元気をもらいます。

蛇足ですが、鍼灸、接骨院での治療はそんなに有効ではなかったと結論付けています。ただ、気休めにはなると思います。

2010年01月26日

腰痛も少し改善

先週は金曜日に接骨院にいき腰のマッサージとストレッチ。かなり下肢が固いですねーと一言。そうなんです。私の下肢は柔軟性がほとんどないくらいなんです。とてもお相撲さんの股割なんかできません。それでもまあ今まで腰の痛みがでなかったものです。今までのつけという感じです。左右のバランスの悪さ、そのことが腰の負担になっていたようです。そんなわけで今は柔軟体操が欠かせん。首から下肢にかけてストレッチをしています。すると体全体の状態がよくわかります。

日曜日は1時間半ほどゆっくりと走りました。月曜日は50分ほどまた走りました。今日はお休みとします。腰のいやらしい痛みが少しづつですがよくなっている感じがあります。2月21日の青梅マラソンに間に合うかもしれません。少しづつ無理ない形でやりましょう。

2010年01月21日

一進一退

腰の状態はそんな感じです。先日は接骨院に行ってきました。彼はベテランです。彼の診たてによれば右の半身の硬直傾向があるようです。足の先から首まで右半身のつぼを押さえられるととても強い痛みが出ます。でも、診断ができてもいかに直すかが問題です。彼のやり方は主にストレッチでしょうか。腰というものはとても厄介な故障のように感じます。膝でしたらアイシングで結構良くなるのですが、腰ではそうも行きません。温めた方がいいといわれているので、(慢性期なので)ホカロンをしています。

走ってみたらと言われたので、本日普通に走りました。しかし、2−3kmで腰が重くなり始めたのですぐ走るのをやめました。やはり腰は治るのに時間がかかりそうです。もうじっくり治すしかないのかと腹をくくりつつあります。

でも、まだできる範囲で体は鍛えましょう。

2010年01月14日

腰痛はてごわい?

まだ依然として腰痛は続いています。鍼灸の効果もいまいちというところです。(まだ2回だけですが)朝起きた時は腰痛はそんなにでもないのですが、30分小走りしただけでなんとなく腰痛が悪化しています。正直めいっています。でも、頑張ろうと思っています。とにかく体を動かした時の方が体調はいいのですから少しでもいいので歩いたり走ったりしてみようと思っています。

痛くなってもう少しで2カ月になります。改善しているかというとよくわかりません。ここが問題です。良くなっているのか、変わらないのかがわからないのです。日にち薬といって時間が解決してくれるでしょうが、ちょっと焦ります。

でも腰痛は多いようですね。ランナーのなかには。

根気強く、粘るしかありません。

2010年01月08日

鍼灸

Nさんの紹介してくれたT鍼灸院に行って来ました。4日前です。看護師さんでも有り、救急救命士でもあります。数年前に鍼灸の勉強をして開業したようです。

どんなやり方かというと、筋肉の痛い部分にごく細い針を2−3cmさして電気を通すのかな?

そしてお灸もするのです。局部が暖かくなりじわーと変な感じになります。

少し局部の痛みが軽快してきています。鍼灸ははじめて、こんなことで筋肉痛がよくなるのでしたらもって積極的にやってもいいのではないのかと感じました。

医学的にもっと解明して医療に取り入れてもいいのではないのだろうか。

2010年01月02日

新年

あけましておめでとうございます。

昨年はよく走りましたね。でも、ただ走るだけでなく、気持ちの上で一歩進歩しました。完走しよう、楽しんで走ろう、最後まで頑張ろう、など充実していました。走ることが楽しかったと言えるでしょう。

またあまり無理もしませんでした。体調管理に気を付けましたが、この点ではいまいちでしょう。お酒の飲みすぎがまずあり、我慢できない自分がありました。

今年はどんな年になるのでしょうか。

実は腰をまだ痛めていているのですが、今日から少し走り始めました。走っているときは腰の痛みはありません。しかし、その後で腰の痛みが少しだけ悪化しているようです。

走っているときは痛くないのでこれからは走ろうと思います。長い目であきらめないで、少しづつ走り続けようと思っています。

今年は、青梅マラソン、新城トレイルラン、萩往還道、北丹沢、越後くびきの100などがあります。

あんまり無理しないで、自分のペースで走りぬきたいです。腰痛が悪化すれば、あきらめましよう。

でも、スポーツを日常生活の中にとりいれ、生活の糧にしたいと思います。がむしゃらにやるのでなく、ゆっくりと余裕を持ってできたらいいなーと思うのです。

そして、スポーツを通して人と人とのつながりを感じたらいいなーと思う次第です。

根性を持ってやりますよ。

2009年12月23日

腰痛で走れません

先月でしたか、診療中に腰部に激痛が走り、その後も腰痛が続いています。整形の先生は何ともないので走ったらといわれましたが、やはり走った後は必ず腰痛が悪化します。整形の先生に何ともないといわれて調子に乗って走りすぎたようです。今日も2時間半ほど走りました。走っているときは腰痛はありません。しかしその後がいけません。右側の腰部がうづくのです。しばらく静かにしておけということでしょうか。散歩ぐらいいいのかなー。走れないのはつらいです。2週間思い切って休みましょう。

今日は楽しく走れたのですが。神社の階段を10往復しました。短いので大した練習にもなりませんでした。でも、おじさんはびっくりしておりました。私がだいぶ年を取っているように見えたのでしょうか。やはり60代だ。

2009年12月14日

伴走

長野マラソンには出ないでおこうかと思っていたのですが、場合によっては伴走ででるようになるかもしれません。出るからにはそれなりの準備が必要です。まだ伴走の経験がないのですが、クラブのメンバーが教えてくれるという。そして、視覚障害者のかたが練習に参加したいといってきました。その方がどんなスピードで走るのか知らないので伴走できるかどうかわかりません。私には知らない世界です。知らない世界は興味があります。

そんなわけでか今日はしばらく走っていなかったのですが、スピードを上げて走りました。インターバル的に自分を追い込んでみました。いつも1時間かかる道を56分でした。約5分ぐらいは短縮できました。スピード走はあまり長く走らない方がいいと思います。時々、毎日ではなくスピード走をすれば故障もあまりなくできるかもしれません。

また楽しみが増えましたね。

2009年12月10日

朝連

腰痛もほぼ軽快して毎日走れるようになりました。朝起きるのは楽ではありませんが、走ってみると爽快です。薄暗い中を走り始め、次第に明るくなる中をただ淡々と走るのです。最近は薄暗い中を同じように走って行く人々を見かけます。挨拶したりしなかったり、毎日走るのですから、相手もこちらのことを知るようになります。今日はまた走ってくるのかなーと思いながら走るのですが、意外と合わないです。やはり若者が多いですね。最近はとても寒いのですが、 防寒具がよくできていてあまり寒くなりません。ですので、走るのもそんなに苦になりません。

そんなに長い距離を走るのでもなく、せいぜい1時間ほどですのでしれたもの。ペースも遅い。それでも、毎日走ることに意味があるような気がする。体調も良い。

帰ってくるとすぐにご飯を食べ、仕事の準備に追われる。そして仕事の前にコーヒーを飲み一息入れる。こうした毎日がとても充実しているように感じる。走れることの幸せである。

2009年12月04日

60歳

今日から60歳です。だからなんだんだと言いたくなるが、まあ節目ということで気楽に考えましょう。

もうカンレキイワイは10月に早々と済んでおります。今日は二人でお昼に誕生日会をささやかにやっていただきました。小さなケーキに蝋燭をつけてふーと消しました。とても不思議な気分だね。何も変わっちゃいないのに。

夜は一人でお食事。年賀はがきを全部印刷。あとはゆっくりと手書きするだけ。

そしてワインを飲みながら楽しんでおります。

腰の痛みもだいぶ良くなり、気にならなくなりつつあります。あまり無理をしてはいけないので、ゆっくりしています。

こんな風にゆっくりするのもいいもんですよ。

2009年12月03日

マラソンを再開

腰痛のため用心して走ることを休んでいました。昨日は念のため整形外科へ。N先生は診察したり私の腰椎をみて、「全く問題ないですよ。返って走った方がいいんでは」と言ってくださいました。N先生は私よりずっと年上でしかも走る方でも大先輩です。今は走っているのか知りませんが、仕事はテキパキしており全く年を感じさせません。

喜んで帰ってきました。そして今日から一時間の走りを再開しました。そして、筋トレもゆっくりと再開しております。あまり無理なく、なまけることなく、積極的な走りをしようと思っています。走ることは私の人生の一部になりつつあります。 (もうなっている)

虚弱な体質を抜け出し、本だけの虫から抜け出し、スポーツをこよなく愛して自然とともに成長するなんてかっこいいじゃありませんか。

2009年11月28日

言葉の力

本日、診療中に患者さんの血圧を測ろうとしたら腰に鋭い痛みが走りました。それ以後、腰痛が続いています。大事に至らなければいいのですが。しばらくお休みですね。

さて、最近は言葉の力というか、本の力というかそんなものに励まされています。寝る前に最近は本を少しだけ読んでいるのですがとても勇気を与えられます。

名言集

1.精神力とみんな言うけど実力がないのに精神だけでは人を倒せない。毎日の鍛錬があり、厳しい鍛錬のうえに精神力が必要なのだ。逆も言える。精神力がないのにむやみに鍛錬だけをしても身につかない。精神力を乗せた気持ちで鍛錬するのだ。(あんまり無理は禁物だね)

2.もうこれが限界だと思うだろう。しかし、限界をこえてできるもんだんだよ。

3.苦手の人に最初から怖がってはいけない。苦手の人にはなおさら立ち向かっていくだけの勇気が必要だ。

4.鍛錬の仕方はやみくもにやってはならない。いろいろ考え工夫をしてやる必要がある。

5.人に勝ちたかったら普通の努力ではだめだ。それ以上の努力が必要だ。

みんな難しいことばかりです。でもなんとなくわかるでしょ。

2009年11月17日

何となく忙しい

年末も近くになり、何となく忙しい今日この頃であります。

それでなかなか走れません。しかし、今日も眠い目を開けて早朝1時間ほど走りました。昨年と比べてちょっと気が緩んでいます。

でもこれでいいと思っています。気楽に走ることを心がけているこの頃です。あんまりがんばらない。と言って怠けない。これが大事ですね。

新型インフルエンザがはやり毎日そんな患者さんと接しています。よくまあ感染しないものです。感染したらどうしましょう。医院を閉めるか。そんなことができるのでしょうか。もし新型インフルエンザワクチンの予約日に具合が悪くなったら大変でしょうね。そんなことはあまり考えていませんがあったら困ります。

それでせっせと両手の消毒をしながら診療しています。聴診器も消毒です。PCのマウスも消毒です。でもスプレー式なので簡単です。

一番大事なことは体調管理です。睡眠時間をしっかり取ることがとても大事です。そしてしっかり食べることですね。

そんなことを考えながら仕事したりお酒を飲んでいます。

今日も早く寝なくてはいけませんね。その前に少しだけ筋トレでもしますか。

2009年11月08日

戸隠トレイルレース

朝4時に起き5時に家を出て6時頃に会場に到着した。

出発は7時。25km、と45kmの部門が同時に出発した。今日は天気が快晴。700mlぐらいのバックがすぐに終わりになり、1回入れ替えたが、それでは足りなく最後の瑪瑙山の上りで完全に水なしの状態になってしまった。それが一番大きな失敗でした。

戸隠スキー場から砂利道をゆっくりと登った。そして瑪瑙山までの中腹まで走った。そこから飯縄山に登る。登山用のシャツ一枚で十分でした。それでも暑くなり腕まくりしたりして先を急いだ。飯縄山を下り、一の鳥のエイドには2時間20分ぐらいで着いた。予定より40分ほど速い。オレンジジュース2杯とコカコーラを飲んだ。まだまだ元気である。宝光社270段の階段の前では地域のおばさんの施設エイドがあり、本エイドよりかなり充実していた。でもあまり食べるわけにもいかず、先を急いだ。小鳥が池を通り、その近くはきれいな北アルプスと一夜山がみえた。時々きれいな山々に勇気をもらい走り続けることができた。鏡池をすぎると足も重くなり、あまり速く走れない。それでも走り続けた。そして何人かは追い抜いた。隋神門をすぎ戸隠牧場を走るのだが、草原を走るのは何とも柔らかくて走りづらい。歩いたり、走ったりの繰り返しだ。戸隠牧場をすぎると黒姫山の中腹までの走りだ。途中砂利道があり軽い登りだが私は走ったり歩いたりした。みんなは歩いていたのだが、私が歩いていればみんなより遅れてしまう。私は歩きが遅い。山道になると逆に追い越されてしまった。分岐部から下りだ。分岐部には5時18分で着いた。下りは私は得意のようだ。下りでは人を追い越すことができた。まだ足の筋肉は大丈夫だったからだ。走れる場所になると人を抜くこともできた。戸隠キャンプ場でオレンジジュースとコカコーラをもらい先を急いだ。この時点で6時間22分ぐらいでした。実はこの時点で水があまりなかったのだ。水を補給してもらえばよかったのだが忘れてしまった。それからは魔の瑪瑙山登りだ。延々と続く登りだ。そして、スキー場の出る手前はひどい急勾配だ。私はみんなに抜かれ、落ちていた木を杖にして登ることにした。すると比較的足に負担がかからなく登れた。スキー場に出たら水は枯渇しているのに気がついたが、どうしようもなく瑪瑙山山頂目指したゆっくり登る。また雪があり、雪をかじりながら登る。下から若い女性が来たのでお水を少しだけ分けてもらう。山頂に着いたら係員がいたので水の補給をしていただいた。とてもありがたかった。あとは3kmの下りだ。結構な急な下りで私はマイペースで行くことにした。不思議なことに足はがくがくすることなく降りることができた。ゴール地点が近付いたら8時間も切れるのではという欲望が出てきてスピードを上げてゴールしたが8時間1分でした。苦しいこともあったがとにかく山以外の部分ではほとんど走り続けることができ大いに満足することができた。

2009年11月02日

完走への不安

日曜日はまた戸隠に行ってきました。後半部分の走りを前回は逆回りにしましたので、正規のレースのルートを走ってみようとしました。最初の上りの部分は結構きついです。でも最初の20分ぐらいです。あとは山道を歩いて行くだけですぐに分岐点に着きました。ここから下りですが、下りは傾斜も強く転倒に注意です。ようやく古池に着いたので、前回走らなかった方角で古池を回りました。そして、小道が出てきたので登って行ったのですが、行けども行けども上り。30分ぐらいでおかしいと気づき元来た道へ。また古池に戻り、登山口を探し、案内板がありましたのでその通りに行くと行けども行けども道がわからない。これはおかしいと気づきまた案内板に戻り、違うルートに行くと行き止まり。案内板をよく見て、やはりさっきの道でいいことを確認して、ゆっくりと歩いて登山口の方角の道を探すと何やら道らしきものが見えてきた。全く案内板も印もない。道らしき道を行くとすぐに登山口にでた。山は恐いなと思いました。一人での登山は要注意です。

気を取り直して、戸隠キャンプ場をめざしそこから瑪瑙山をのぼる。最初は傾斜も強くないがそのうちに傾斜は強くなりかなりきつくなる。これが最後になる登りかとうんざりした。戦意も喪失してしまった。1時間余りの山登りである。スキー場に出て後は下るだけ。

スキー場の駐車場についてあと25kmは走れる元気はあるなと気づいてからようやく気分も上に向いてくる。レースに対する不安感も消えていった。

レースに対する不安感はだれでもあると思うのだが、自信がない不安感はどうであろうか。そればマイナスに作用するだろうと思う。

帰ってから、番竜にいき餃子とニラレバ定食と地ビールのおいしさは格別でした。

2009年10月28日

筋肉トレーニング

筋肉トレーニングは走っている人がみんなやっているわけではないと思う。私も実は、走り始めたころはスクワットをまじめにやっていたが、いつのまにか面倒くさくなり止めてしまった。しかし、超ウルトラを走り始めてからか、最近は筋肉の衰えを感じ始めていた。50kmぐらいを走ると大腿部の深部の筋肉痛が出てきて走れなくなるのです。それでも痛み止めを使ってごまかしていたのですが、超ウルトラではそれも通用しません。そんなときある本に出会い、筋肉トレーニングの大事さを感じたのです。長い距離を走りきるためには強い筋肉が必要です。そんな筋肉を作るにはどうしたらよいのか、少し考えましたが答えは簡単です。日々筋肉を鍛えること以外に何があるというのでしょうか。サプリメントは私の辞書にはありません。そこまでしてやることで、体に害がないだろうか不安があります。サプリメントは医学的に安全性が確立していません。長期に服用した時にどうなのか不安であります。食事は基本は野菜食です。

さて、具体的にどんな鍛錬があるのかですが、これは暗中模索です。今は、できるだけ毎日走ることはもちろんですが、どうしても走りだけでは時間的な制約があり十分な体の鍛錬にならない面もあります。そこで思ったのは毎日3回、腕立て、腹筋、スクワットをやることでした。それぞれ、50回、100回、100回です。1ヶ月ぐらいは続きましたが、ちょっとしたきっかけでやれなくなると、ずるずるしていき、今は一日1−2回やるのが精一杯です。

今は挑戦していることは、片足スクワットです。これが意外と面白いです。これもいつまで続くかわかりませんが、わずかの時間でできることが筋トレの良いところです。できるだけ毎日体を動かし続けることがきっと体に良いのだと思います。

2009年10月25日

紅葉とお酒

今日は、さんたさんと信州戸隠トレイルレース25kmの部分を走るつもりで行きましたが、予想通り、25km以上はあり、途中の隋神門前で26kmを超えていたためそこでやめました。それにしてもいい加減な距離設定ですね。正式の25kmコースは30km以上はあります。35km近くはあるんじゃないでしょうか。45kmコースは正しいような気がします。

練習は楽しまなくちゃというさんたさんのお言葉に従い、紅葉を楽しみ、素晴らしい景色を堪能してきました。もちろん走りは厳しかったですね。でも、あまり後遺症を残さない練習ができました。それでも5時間半は山を登り走りました。

真っ赤な紅葉、落ち葉が落ちて、赤と黄色の絨毯のような自然歩道。飯縄山は霧で回りが見えず少し肌寒かったのですが、登りも下りも快適に登り走れました。そのあとの宝光社の270段の階段も良かったですね。鏡池は遠くの山が紅葉していてとてもいい時期でした。

最後に奥社の入口のソバ屋さんによりおいしいざるそばと温かいお酒を飲み楽しかったですね。そこのソバ屋さんも信州戸隠トレイルレースに出るとのことでした。楽しみですね。

2009年10月18日

戸隠トレイル後半部分

先週走ってから筋肉痛があり、全く走れませんでした。大事に大事にしてました。そして、今日はどうだろうと思って起きると何となく走れる予感がしたので、戸隠に向かいました。

戸隠は9時頃はもう人が大勢です。キャンプ場の駐車場に車を置いて、黒姫山登山道入口を目指しましたが、わかりづらくて通り越してしまいました。登山道を登って行きましたがそれほどきついのぼりはない印象でした。でも、後半部分ではかなり足にきてますのでどうなりますやらです。そんなことを考えながら先を急ぎました。古池を通りそこからは上りです。上りに1時間かかり、分岐部ではそこから下りです。ひたすら下っていけばいいので楽でした。帰りは30分でした。キャンプ場につき、そこから瑪瑙山を登るのですが、その入り口がわからないのです。仕方がなく近くの管理人さんに聞いてその通りに行きましたがよくわからず適当に行ったらやはり行き止まりでした。また戻りよく探したら、瑪瑙山入口の看板が小さくありました。そこから入ると道は広く、登りやすかったです。途中からは傾斜も急になり、道もせまくなり、クマが出そうな雰囲気があり、鈴をしっかり鳴らして道を急ぎました。頂上に出そうと思ったらスキー場にでました。ちょっと登り周囲を見渡しましたがやはり先ほどの道に戻りゆっくりと下りましたが、あまり整備されておらず、草の木が足に触り痛い。スキー場の下りは結構急です。でもスキー場の紅葉は素晴らしいです。結局、キャンプ場からは1時間半でスキー場の駐車場にでました。

ということで、キャンプ場から黒姫山を経由してスキー場の駐車場(ゴール地点)までは4時間もあれば十分につきそうです。ということは、スタート地点(スキー場の駐車場)から瑪瑙山を登り飯縄山を登り、鏡池を経由してキャンプ場に着くのに6時間以内で来なければいけないということです。

ゆっくりペースでもいいから、確実に走れば可能ですね。何となく自信が出てきました。頑張りましょう。

 

2009年10月13日

信州戸隠トレイルラン前半部分

かなり厳しいレースだと予想はしていたものの、やはり厳しいレースになりそうな予感がした。

昨日は9時頃に戸隠スキー場に行って、スタート地点に立つ。まわりに同じトレイルレースに参加しそうな50歳ぐらいのおじさんがいたので声をかけてみた。話をしていると一緒に走りませんかといわれたので、お願いしますということで一緒にスタートした。彼は、ごく軽いポールを持ってスキー場の斜面を登っていく。やはりポールがあると楽な斜面だ。瑪瑙山を越え、怪無山を通り、飯縄山を登っていく。山頂近くで折り返し下山、彼は山頂へ。下山がスピードが出ない。足ががくがくして全くスピードが出ない。ゆっくりと下山すると彼が追いかけてきた。それからは自然歩道をひた走り。マイペースで行く。彼は私を待ってくれる。一の鳥で昼食。ここに水飲み場がありおいしい水をいただく。食べるとすぐに出発。目指すは宝光社だ。私がまだ知らない道、彼と走ってよかった。そんな彼でも少し迷いながら行く。宝光社の階段をゆっくりと登る。中社にでてそれからは小鳥が池、鏡池のそばを走り、隋神門をとおり、戸隠キャンプ場を目指す。ただひたすらにほとんど歩くことなくゆっくりと走る。この時点でもう午後3時ごろ。家には3時ごろに帰るという約束も過ぎ、ここでレースのコースを外れてスキー場を目指す。彼はレースのコースを行く。彼は走り始めて2年ぐらいだというが、高校生ぐらいの時水球の選手でインターハイにも行ったとか。体格もよく私とは違う経歴だ。

キャンプ場からそんなにないと思ったのだが、ひたすらバードラインをとぼとぼと走っていく。スキー場の入口まで30分以上はかかりスキー場入口からは坂道はひたすら歩く。やっとスキー場に着いた。午後5時を過ぎていた。3時間余り山を登リ下りして4時間ぐらいはひたすら軽い斜度のあるコースを走ったことになる。本当のレースはキャンプ場からさらに黒姫の中腹まで走り、またもどり、さらにキャンプ場から瑪瑙山の中腹まで登り、スキー場まで戻ってくるコースの設定だ。何ともまあ厳しいコース設定だ。それも10時間以内だ。

帰ってきて足の状態は大腿部の筋肉痛だ。久しぶりだ。佐渡島一周でもこの筋肉痛は出てこなかった。やはりトレイルは違うのだ。山登りをしないといけない。来週はキャンプ場からレースの後半部分を走ろう。

2009年10月04日

プレゼント

昨日は私のOO祝いで、家族全員がそろいました。親族も参加して11人。赤いちゃんちゃんこを着せられ赤い帽子もかぶりにわか老人に変身しました。そしてプレゼント。私にはもっともっと走ってほしいのか、レボルーション・ロング(CW-X)のタイツとヘッドアーム、真っ赤なウィンドブレーカーをプレゼントしていただきました。いづれも買う予定がなかったものだけに嬉しいですね。

走ることは厳しいですが、いろんな事がありますね。また、一から出直すつもりで走りましょう。

2009年09月27日

佐渡島1周を振り返って

佐渡島1周はきついことはきついが、制限時間が緩く十分楽しめる大会でした。メタボなランナーでも完走できたことは正直驚き、人間の持つ不思議な力に驚いた。88人参加で11人ぐらいがリタイアしたとか聞きました。完走率87.5%。若い人で力のある人も肉刺のためリタイアされていた。70歳で元気なおじさんがかなり早くゴールされていた。その方は走歴が長いと聞いた。ウルトラマラソンは走歴も大いに関係する。

この間の私の練習はあまり間違っていなかったような気がする。あまり無理はせず、こつこつと走り続けることが結局は大きな力になる。今回は筋トレも十分取り入れた。毎日せいぜい20分ぐらいだろうか。でもこの筋トレの力は大きいと思った。今回は筋肉痛はひどくならなかった。深部の筋肉痛が出てくるのが常であったが今回は出てこなかった。

精神力も大きい。だめだと思えば足が進まない。精神力を常に保ち走り続けるように努力した。

完走するためには完走するための工夫と努力が欠かせない。がむしゃらな努力ではだめだ。

完走したから何とも言えるのですが、これからが本当の勝負ですよ。

2009年09月24日

佐渡島1周B

名前を聞くのを忘れたBさんと午後8時過ぎに仮眠所を出た。彼は当面走りませんというので私も彼とともに歩いて行く。何を話したのか忘れたがぼつりぼつりと話しながら先を急いだ。彼は仮眠所で1時間は休んでいるので私より力がある人に違いないと思いひたすらついてゆく。もう辺りは真っ暗でどこにもライトは見つけられない。月夜でもなく本当に暗く女性は大変だなーと思いつつすすむ。途中で走るも深夜帯に走るのは体力の消耗が激しい。そう感じてからは二人でもう走らず歩くことに決めひたすらあるいたのであるが、やはり歩くと眠気が襲ってくる。彼もふらふらすると言い出したので、草むらに横になって寒い中で仮眠をとる。そして元気になりまた歩き、また眠くなるので仮眠をとるということを繰り返す。自動販売機の前で寝たり、郵便局の玄関マットの上で寝たりなんとか20分ごとぐらいは眠れた。それは決して辛くなく楽しいことだった。とにかく歩いて力を温存しようと作戦を立てていたわけだ。そんなことを繰り返しいるといつのまにか夜が明けてきた。夜が明ける前には、何人の人にも抜かれた。しかし今に見ておれまた抜き返してやるからなという思いがあった。そんな思いを抱きながら第3エイド128km地点に着いた。そこでも軽く休んですぐに出発だ。嬉しいことにそこからは下りで走りやすかった。2人で20分ルールをつくり20分走ったら休むことにした。そんな調子で少しづつ人を追い抜いて行った。そして天気は昨日よりは暑くなりそうで、水だけはしっかり飲んだ。

147km地点で初めて酒を売っている自動販売機をみつけた。私はアサヒ生ビールを買い、彼は自重して梅ソーダーを買った。彼も飲みたそうであり半々で飲みあった。そしてまた元気に走り始めた。そんな中で一人の痩せた小柄の女性がもくもくと遅いが止まらず走っていく。走っていくというよりよたよたと進んでいるといっていい。そんな彼女を何回も抜いたが結局は止まらない走りをしている彼女に追い抜かれてしまうのだ。もう彼女のことは諦め二人でマイペースで進んだ。そして、153km地点で小木港に着いた。昔よく着た場所である。早速二人でカレーライスを食べようということになりとてもおいしくいただいた。その後元気になると思いきや足が言うことをきかなくなり彼との差は開くばかりになり一人でマイペースで行くことにした。160km地点で最後のエイドがあり、皆さんがおめでとうと言ってくださるが、勝負はこれからなのだ。あまりゆっくりもできず一人で走り始める。Bさんがエイドにいたがすぐに私を追い抜き、彼のペースにはやはりついていけずまた、マイペース。さらに進んで行ったが、地図の見方を間違えた。前のページに戻るようになっていたのだが、次のページに進んでしまい偉い勘違いをしてしまった。それ以後地図の見方に自信がなくなり、193km地点では30分余り逆走してしまった。途中で出会ったトラックのお兄さんにホテルめおとの場所を聞き、再び元来た道を戻りひたすら歩いた。もう夜の9時頃を超えていたのだろう。どうせ時間はあるしゆっくりと行こうと腹をくくり前へ前へと進んだ。走っていた時は豆はできなかったのに、歩き始めると途端に足の痛みが強く出てきた。明らかに豆ができたに違いないと思ったが、もうそんなことは構っていられなかった。そんな折後ろから一人のおじさんが来たので彼について行くことにした。もう地図を見ることは諦め完全に彼に依存している体制であった。彼も歩き徹していたので私もひたすら彼に着いて行く。彼は真剣に地図を見ながら進んでいる几帳面なお人だ。私はどうも依存性が強すぎる。よく考えればそんなに難しいところにホテルめおとがあるわけではなかった。足の痛さはそんなに強くなくただ走ることはできたが面倒くさく彼の後をついて行った。真っ暗やみの中を一人で先を急ぐのは勇気がいることなのだ。もう着くに違いないという思いを何度も裏切られながら、やっとの思いでホテルめおとに着いたのは深夜の1時14分だ。43時間14分かかったことになる。玄関にはスタッフが迎えてくれビールの差し入れがありおいしくいただく。またゴールの写真を撮っていただいた。もう後は眠く、風呂に入り寝るばかりであった。

2009年09月23日

佐渡島1周A

スタートして5km地点の唯一のコンビニを気づかずパスしてしまったが、食べ物は入れてあり気にせずゆっくりと北上。12km地点で幹線から外れ海側の道を走る。海ってやはりきれいだなーと思う。山に囲まれて育った人間には海の持つ素晴らしさと怖さを感じる。心が洗われるような気持でひた走る。21km地点ではトンネルを通らず(長いトンネル)すぐわきの小道をゆく。途中通行禁止のブロックがあるがわきをすり抜けてゆく。30km地点で第一エイドに着く。ここでは少しばかりのうどんとご飯を頂く。そのあとのエイドでもご飯が主体でおいしいものはあまりなかった。が、別に食べ物のために来ているわけではないので我慢してご飯を口の中に押し込む。ご飯は決してまずかったわけではない。ただ飽きてきただけである。エイドではあまり休まずすぐに出発。35km地点で、道路に面して湧水があるのには驚いた。冷たい湧水を2杯いただいて元気が出た。43km地点で、昨年出た知り合いがここからきつい坂道が始まるんですよといったので、つい調子になってどんな坂道か調子こいてスピードアップしてみんなを次々抜いて行ったが、結局は最後はみんなに追い抜かれたような気がする。長い坂道であったが、またゆっくりと走ることにした。50km地点からは今度は下り坂が長い間続いたがゆっくりと走り決して先は急がなかった。54km地点からは海沿いの石とコンクリートを固めた道を急いで歩いた。途中でお釈迦さまのようなところがあったがちょっとだけ挨拶して先を急いだ。58km地点からは南下。途中幹線から外れたがほぼ幹線どおりに道を急いだ。長い南下であったがよく覚えていない。両津港の近くに着くころには日が暮れてきて、前のおじさんにひたすらついて行った。彼は走っては歩き、その繰り返しであり私もそのまねをしながらひたすらついて行った。両津港の町の中はよくわからず、彼の後と知り合いについて行き94km地点の仮眠所にようやく着いた。私は仮眠する予定はなく、食事をすると、どなたかがすぐ出るというので一緒に行かせてくださいとお願いして待ってもらった。それからは彼との長い旅が始まったのでした。
2009年09月23日

佐渡島1周@

ここで佐渡島1周の簡単な説明。

ホテルめおとから時計回りにまさに島1周です。206km。時間は48時間以内だから時間的にはかなりの余裕がある。大会の参加費は16000円。エイドは少なく4ヶ所のみ、開いているお店は深夜帯はほとんどない。しかも休日なので普通のお店も開いていない。というよりお店自身がない。ただ自動販売機だけはある。。その点で給水は心配ない。海岸沿いは平らだと思ったが坂道は決して少なくはない。コースはとにかく海岸沿いを走ればいいのだから比較的簡単。でも、コースは、景色がいいところを通るために道なき道を行くコースもあった。トンネルを避け通行止めのところも通る設定もある。

19日(土曜日)は休診にして朝5時半ごろ車で自宅を出て新潟経由で佐渡島へ。船の中では1等席をとり静かにゆっくり時間を過ごす。リッチな気分になれた。両津港に着いてからは50分程してホテルめおとに着いた。ホテルが受付で出発点であり気が楽。部屋にはいるとすでに仲間がいた。少し早く着いたのでお風呂に入り、午後4時から説明会が始まった。当日に25000分の1のきれいな地図をいただいた。こんなきれいな地図をもう少し早く送っていただければよくコースがわかったのにと思った。25枚でばらばらで走っている途中は取扱が面倒くさかったが、もっと小分けにして手で持てばわかりやすかったかもしれない。地図はどうしても最新版は難しいようだ。道路がいつも改修されていて新しくトンネルができていたりするもんだ。説明会で変更をよく聞いたつもりだが十分に入っていなかったようで道に迷ってしまったこともあった。

参加者は88人の小さな大会でした。昨年は50人ぐらいだとか。説明会も1時間で終わりそのあとはどうしたのかよく覚えていないが、すぐに仲間と飲み始めたような気がする。私は控えめに1本にしておいた。それでも上機嫌だ。6時からは宴会だ。おいしい魚の幸がたくさん出てきた。これで1泊7500円とは安いものと思う。そしてゴール地点であるホテルに夕方から深夜帯ごろに帰ってくて寝泊まりと翌日の打ち上げ代をこめて2500円で計10000円とは馬鹿に安い設定だ。 おいしい夕食を早めに終えて、寝付いたのだが、2時間余りで起きてしまいもう眠れない。睡眠薬を飲んでも眠れず結局お風呂に入り深夜帯に缶しビールを1本飲んで2時間は寝ることができた。

そして朝4時には起き、5時には朝御飯の用意もしてあった。6時前にみんなで記念撮影をしてすぐに出発です。ホテルの周囲はすぐ海で、海の水はとてもきれいである。とても、さわやかな朝でした。私はゆっくりと出発。ペースはキロ8分台ぐらいでしたでしょうか。

 

 

 

2009年09月15日

夏も終わりだねー

今年の夏はあまり暑い気がせずに終わってしまった。地球の温暖化が言われているが、地球の天気自身がおかしくなってきているように思う。そんなことを頭の隅に置きながらも、走ることにいそしんでいる。新型インフルエンザも来ているし、最近はやけに患者さんが多くなっている。最後の特定検診の駆け込みかもしれない。しかし走っていることは日常生活が忙しくならざるを得ず、元気に仕事をこなすことになっている。あまり勉強もしないので、努めて学習会にはでるようにでているが、業者主導の学習会なのでおんなじことの繰り返しが多い。でも出ないよりは出た方が勉強になるのでできるだけ出ることにしているが、時にはさぼります。

 散漫な文章になってしまったが、思っていることを書き綴っているので仕方がない。

これからは格好のレース日和だ。でもまだ昼間は暑いですね。くれぐれも熱射病にかからないように水分補給と塩分の補給は忘れないようにしよう。

今週の末日には佐渡に行ってきます。長ーいレースですね。佐渡は1周です。参加者は80人ぐらいです。クラブからも3人出ます。佐渡はたぶん暑いだろうなー。時には雨も降るかもしれません。ただ淡々と走ります。時に歩き時に走り、我慢我慢の連続でしょう。そこにどんな意味があるのかはわかりません。ただ、自分の力だけが頼りです。誰も助けてくれる人なんかいません。そこが面白いのかもしれません。そして、年齢に挑戦です。

2009年09月06日

暑かったなー

今日は暑い中を走ろうと前回リタイアしたクラブの企画を再チャレンジ。

長野駅を7時35分に出発。目指すは、松代の地下壕大本営と篠ノ井駅。地図を片手に快調に走りました。地下壕大本営に着いたのは9時5分前で地下壕を一人で見学しました。15分ぐらいでしょうか寒いくらいで大分体が冷えました。その直後からはまた暑い中へ。急な気温の変化のためか体調がおかしい。何となくふらふらする感じ。息ぎれも出てくる。それでも足はまだ大丈夫。マイペースで走り、運動公園前まで走り、そこも止まらず篠ノ井駅へ。予定の上田への電車時刻より一つ早い時間帯に乗る。そして、上田から11時半ごろから走り始める。上田からは急に気温が高い。まずは無言館をめざす。別所温泉の方向に直接行くのではなく、無言館を経由するのでちょっと迷ってしまう。やはり迷った時は人に聞くのが一番ですね。また磁石も少しは役に立ちました。

途中でおいしいアイスクリーム屋さんによりしぼりたての乳からできたアイスクリームをおいしくいただく。さらに進んで生島足島神社の中を歩き、無言館をめざす。ここで田んぼの道を走る時に1本道を間違えてしまう。どうもおかしいと気づきまた近くの人に聞く。この頃は暑さで大分まいってきた。水分はどんどん摂る。しかし暑いのには勝てない。消耗がかなり激しい。仕方なく歩いて前を進む。無言館の道は坂道だ。とても走れない。そして苦労して進んでいたら目の前に無言館の入り口が現れる。気持ちが元気になり、無言館へ。無言館で若い画家たちの絵を楽しませてもらう。それからは下りもあったが再び坂道があり苦しめられる。あとは別所温泉を目指すだけ。ここからはほとんど迷わなくなり進むが最後はほとんど歩きになってしまう。そして意外なことに予定通りの時間帯に別所温泉の大衆浴場石湯に到着。

長野駅から篠ノ井駅までは時間2時間33分。距離は21.8km。上田駅からは時間3時間11分。

距離は16.3kmでした。計時間は5時間44分。距離は38.1kmでした。

生島足島神社では同じクラブのメンバーお二人に出会いました。奇遇ですね。悪いことはできませんね。

2009年09月01日

新型インフルエンザ登場

今日やっと当院でも新型インフルエンザがでました。やはり症状は特徴的で、急激な高熱ですね。39度以上でした。職員の中でも緊張がピット走りました。しっかりとマスクと手洗い、消毒です。待合室の人にも全員マスクです。これからは毎日新型インフルエンザの人が出てくるんじゃないでしょうか。とにかく発生源がわからないのです。家族の中で急に誰かが高熱になるんですね。他の家族の人も間違いなく新型インフルエンザになるのでこれからはどんどん増えていくような感じがします。やはり、9月は要注意です。自分もならないように防衛していかなくてはと。職員、私の家族を含めて皆さん注意してください。しっかりマスク。手洗いです。そして何より大事なことは、睡眠時間をとり疲労を蓄積しないことですね。病気を持っている人は病気のコントロールをしっかりすることも大事です。また人ごみには出ないこと。病院の中でうつらないようにマスクはしっかりしましょうね。

新型インフルエンザワクチンが来ると言っていますが、まだぜんぜん進んでいない感じです。そのうち来るのでしょうが、来る前にだいぶ広がっているような気がしますね。

9月にレースがあるんですがどうなるんでしょうか。ちょっと心配です。

2009年09月01日

飲酒について

大きなことは言えませんが、お酒があまり好きではなくなりました。どうもお酒を飲むと体の調子が狂ってくる気がします。私はもともとお酒に弱く少したしなむ程度でも顔が赤くなります。要するに分解酵素があまりないのです。ということがしみじみとわかりました。で、最近はあまり飲んでおりません。外で食事する時はお酒はせいぜい1合。生ビールですと中ジョッキー1杯で充分です。飲んだ後にお酒が回ってきていい気持ちになります。これで健康的にお酒が飲めますね。

その代わりに、冷たい水か、ポカリスエットを飲んで満足しています。これでお酒に費やすお金も少なくなりますね。

走るのにもこれがいい影響を与えているのかもしれません。8月は充分に走りこめました。毎朝飽きることなく走っておりますが、力が出てくるようで楽しいですよ。

ただし、朝走った後は眠いです。昼も眠いです。しかし、仕事中はあまり眠くもなりません。睡眠時間を充分にとっているからです。こんな調子でいきましょう。

2009年08月24日

長野駅から高妻山へ

朝6時にさんたさんと二人で長野駅を出発した。いきなり速いペースだ。善光寺までの道は結構坂ですね。善光寺でちょっとだけお祈りして、すぐに大峰城へ。物見の岩から長野市を一望して、いい気分になる。そこからは山道です。歩いたり走ったりして先を急ぐ。誰にももちろん会わない。前回と違い山道はぬかるみはあまりないので走りやすい。飯縄までの本道のわき道を平行して走る。きつい登りもなんのその。(結構苦しかったです)今回は終始、さんたさんの前を走る。さんたさんが来週は北海道マラソンで手を抜いていたからか。1時間40分で飯縄のコンビに到着。そこには手作りのおいしいむすびがある。二つ買い求めた。休むことなく中社をめざす。本道の脇の草道を気持ちよく走る。今年の調子はとてもよく、足がどんどん前に出る。中社に到着しおいしい水をいただく。お盆後で少し人が少ない。

中社を後にしてからはアスファルト道路を主に走る。車が少なく気持ちがいい。奥社を超えさらに進んで戸隠キャンプ場へ到着。3時間半ぐらいでした。ここからが高妻山登山です。

沢の水がかなり少ない。トレイルシューズを履いてきたので、中がぬれなく気持ちがいい。

すぐに鎖で岩を登るところに着く。スリルも少しあり面白い。その後はまた、鎖につかまりながら横に渡るところだ。下に落ちるとまず死ぬような感じだが足元はしっかりしており落ちることはまずないだろう。それからは岩場や沢の登り道。ひたすら登る。途中氷清水があったが、そこで水を補給する。この水はいつもおいしい。それからはまたひたすら登る。やっと、分岐点に着く。避難小屋もある。そこではたいて誰かが外で休んでいる。ちょっと挨拶して高妻山のほうへ向かう。これからは尾根を下ったり登ったりだ。これがまた長い。気の根っこ、や岩場を乗り越えると五地蔵山に着く。ここからは下界が見渡す限り見え、気持ちがいい。さんたさんの足音が聞こえるとまた急いで先を急ぐ。何とか抜かれないように急ぐがすぐにさんたさんは着いてくる。途中に集団の人に出会う。殆どは降りる人ばかり。ランニングスタイルで登っている人はもちろんわれわれだけです。我々はまず登山の時は殆ど休まないで登っていく。休む時はきれいな下界が見えたときだけ。五地蔵山に隠れた高妻山が見えたときはほっとするがまだ遠いという感じ。さんたさんが言うには頂上が見えたら後30分で着くと言う。高妻山が近くにきれいに見え、なんともいえない気分になる。後30分を懸命に登る。最後は大きな岩場が待っている。そこをゆっくり抜け頂上に着く。登りはじめて3時間であった。二人でゆっくりとおいしいおむすびを食べ、10分ぐらいで下山。山の天気はどんどん変わっていくのであまりゆっくりしていられない。ゆっくりゆっくりと下るが、ときに走り、尾根の登りに苦しめられる。避難小屋には中年夫婦がゆっくりと休憩していた。我々にはそんな時間はなく、急いで下る。軽く何度も転倒する。やはり山登りにはスパッツと手袋は必需品だ。登る時に出会った人に追いつくために懸命に下る。だがなかなか追いつかない。そんなに焦ることはない。いつかキットで会うに違いないと思っていたら、登山口出口で追いついた。下りは2時間20分ぐらいであった。その後はさんたさんとビールとそばを食べ完走祝い。戸隠キャンプ場からはバスで善光寺下まで行く。さんたさんは公共のバスを利用するべきだと力説する。環境汚染に対してのわずかの抵抗である。バスから降りたらまたうるおい館の近くでビールとヒレカツソースかつ重をたべ、一日を堪能した。9時間で36km(往復)標高差2000mでした。

2009年08月17日

過信

15日終戦記念日に松代大本営の地下壕と上田の無言館に行く企画が毎回行われていたのですが、私は初めての参加。前日は親族と焼肉パーティでした。お昼ごろから飲み始め帰りは5時ごろでした。そんなにたくさん飲んだとは思ってはいませんでしたが、たくさん食べたこともあり夕飯は抜きで寝ました。翌朝はなんともなかったので大丈夫かと思ったのですが、、、。朝7時ごろには長野駅を出発して松代方面へ。天気はとてもよく次第に温度も上昇。9時ちょうどに地下壕に到着。12kmぐらい走っただけです。疲れがだいぶたまってきました。松代大本営の地下壕で体を冷やしまた、篠ノ井駅を目指しました。約11kmぐらい。皆さん速く、ついに松代大橋で大きな差をつけられてしまいました。なんとなく吐き気があり、指を口に入れたら嘔吐しそうな雰囲気でした。それでも日差しは強いので給水だけはしっかりしながらちんたら走りになってしまいました。何とかみんなが待っている運動公園にはたどり着きましたが、これから電車に乗り上田からさらに暑くなり、11kmの登りに耐えられるかどうか自信がなくあえなくリタイア宣言をしました。距離的に37kmでしたのでたいしたことはないだろうと甘く見たのが運のつき。前日は充分に酔っ払って食べて楽しみましたのでそれはそれでいいのですが、走る前にはこのような無謀なことはしないほうがいいです。皆さんよく無謀なことを平気でして平気で走っていますが私は昔から虚弱体質でその点は鍛えようがありません。自分の体を良く知りお酒はしばらくおあづけですといいたいのですが、会議の時は少しは飲んであまり飲まないことにしましょう。

健康のために走っているんですから、健康な走りをしなくてはいけませんね。反省、反省です。

2009年08月10日

自然の猛威

昨日は仲間4人と飯縄、戸隠と走ってきました。55km。10時間半でした。長野駅から朝6時にスタート。ずーと登りなんですが小雨が降って気持ちが良い。道路も古道を走り、自然のなかでの走り。しかし、途中、道路を切断して川の水を分断して鉄砲水を防ぐこともされていた。道路は砂浜みたいにきれいだと思ったら靴は沈み泥まみれ。川の水も勢いが強く、周りの草もなぎ倒され根っこもとび出していた。飯縄では小休止。そしてすぐに戸隠に。戸隠キャンプには子供連れがいっぱい。高妻山を登る予定でしたが、増水のため中止。そこで、奥社に向かう。古道を走ろうとしたが通行禁止の縄がいたるところにあり舗装道路を通り奥社へ。奥社は結構長く走り応えがある。奥社では冷たい水でうがいをしてまた古道を通ってかがみ池へ。ところがかがみ池でまた通行禁止の縄があったが無視してゆっくりと歩いていくと道は水の中に。仕方がなく靴を脱ぎ、素足で道を探しやっと道が見つかり鏡池へ。(よくなかったと反省しております)そこからまた小鳥が池をとおり、目指すは蕎麦屋さん。大ざるを食べ後は下るだけ。ここで約40km。ここからは長野駅近くまでは15km。まずは2時間でいくだろうと思ったが少し余計にかかってしまった。途中で山の上から見る長野はビルがいっぱい。遠くには千曲川が見えた。後は目指すはうるおい館。温泉に入りビールを飲みみんなと話をすることを楽しみにして活を入れて走る。みんな元気だ。私も元気だ。55km走ったのに足が少しも痛くならない。

うるおい館まではみんなでダッシュ。そしてゆっくりと温泉に入りビールをおいしく頂き、家族との交流も犠牲にして楽しく終わりました。来週は短い距離をまた皆さんと走ります。今度は猛暑の中を走ることになるかもしれません。

うるおい館では諏訪の被害が放映されており、無理なマラニックはよくないと今更ながら思い、今後は自制しましょう。

2009年08月08日

少し上向き

7月下旬は体調は最低レベルでここにも書く気にはなれず。やっとの思いで調整して上向きだしました。禁酒したのです(しばらくだけです)。8月になってからは毎日走ることもできるようになり、疲れ気味ですが朝早くおきて走れるようになりました。走り始めはぜんぜん足が動かず靴が重い感じです。15分ぐらい走るとやや速く走れるようになり、その後はやや苦しく走ってます。今の時期は楽しく走るという感じではないですね。でも、根性で走っています。今の時期は根性、根性ですよね。いつも楽しく走れるのはうそです。時には苦しくても走るんです。ちょっとストイックですね。

最近、新しい靴を2足買いました。一つは、ミズノのウルトラ用のやつ。もう一つはトレイル用のやつ。これはNBです。防水用ですが、重いです。そして店員に進められて少し固めのインソールを購入しました。私みたいに偏平足の人にはインソールがいいようです。

靴が新しくなれば気持ちも新しくなりますね。さあ、雨にも負けず走りましょう。

2009年07月26日

血圧とコレステロールのコントロール

スポーツをしている人は必ずしも健康ではない。不摂生、食事の偏り、ストレスに弱い人など何ら普通の人とあまり変わりない。かえってスポーツをしているので体に自信過剰な人が多い。私もその一人かもしれない。

先日、循環器専門の先生と話をする機会があり、血圧やコレステロールの管理をどれだけ厳密にしているのか聞いてみた。血圧はできるだけ低く、そしてコレステロールもできるだけ低くである。これは大規模な臨床試験の結果最近はとくに強調されている。私はどうも甘いのである。もっと厳密なコントロールが要求されているようだ。

厳密なコントロールをするためには、患者さんに納得してもらい高い薬を飲んでもらわなければならない。日本人はサプリメントはいたって簡単に飲むが薬となると、特に高血圧、コレステロールなどはずーと飲まなければならずかなりの抵抗感を持っている。薬とお友達になり病気にならない方がいいと思うのだがなかなかそう簡単ではない。

血圧とコレステロールの厳密なコントロールは明らかに心筋梗塞や脳梗塞の発症や死亡をあきらかに減少させるといわれている。

2009年07月21日

8時間走ふれ愛in 東京学芸大学

この1週間は体調をくずしていたため、さんざん苦しい思いをしました。もうウルトラはやめよう、家族を犠牲にまでして走るのは止めようと頭の中では真剣に思いました。それでも8時間はなんとか走ろうと思い最後まで走り52kmは走りました。こんな平坦なところで何で苦しいのと思いながらもがきもがき走りきったという感じです。帰りの新幹線では、吐き気がして大量の嘔吐をしてしまいました。

そして今日は体の疲れも取れ何となくすっきりしています。ただ眠いですね。

周回コース1.34kmを回るごとにエイドに助けられました。最初の5回の周回では楽チンでしたがじょじょに疲れが出てきました。3時間過ぎたらもうへとへとでした。あと5時間かーという感じでした。参加者は百数十人です。ブラインドランナーの保科さんは24時間走に挑戦してました。3時間もすれば走る速度は私と同じぐらいに速い。遅いようでいて休みも立ったままで給水、補給してすぐに走り始めていました。足は鍛えられた足で太くもなく細くすっきりしている。速い人の足はあまり太くない。カモシカのような足だ。そして上半身は意外としっかりしている。私はその逆だ。

エイドでは冷たい水、グループフルーツ、スイカ、おにぎり、ぱん、パスタなどこれでもかというくらい豊富でした。吐いたものを見るとほとんど消化されていない。これでよく持ったものだと思う。

たまたま、知り合いができて、彼とあいさつを交わしながら走る。知っている人がいると心強いものだ。気候はそんなに暑くもなく走りやすい条件でした。でも、体力の限界を感じながら、最後は1周ごとに大ブレークをしてそろりと走り始めました。今回はひどいけいれん発作にも見舞われ最悪の状況でした。

反省することは多かったです。走る前は体調はしっかりと調整すべし。アルコール、食べ過ぎ、睡眠時間などにはとくに注意が必要です。特に私のような虚弱体質の人間には必須の条件です。

走っているときは飲みすぎ、食べ過ぎはしないように、時間間隔で調整するべし。ここら辺はとても大事です。

走り方はいろいろ工夫したが疲れてくるとあまり関係なくなってくる。気力が大事ですが、体の調整があってこその気力です。すっかり自信を失ったのですが今後はどうしていくのか今後の課題です。

ところでこの催しの前にはAEDの実技も行われてました。倒れて息をしてない人を見たらまず心臓マッサージだけでいいです。人工呼吸は必要ないようです。そしてAEDをできるだけ早くやることです。そうすれば助かります。勉強になりました。えっ、こんなことも知らない?すみません。最新の状況に後れを取ってました。

2009年07月13日

タングラム

1昨日はタングラムのあたりで1泊して仕事からすっかりと離れました。夜は近くの妙高高原駅の大衆食堂で食事をしました。いつも行くのですが、食事はまあそれなりに美味しいです。しかし最近は生ビールの味が慣れてしまったのか瓶ビールはあまりおいしくなかった(ちょっと贅沢)。タングラムのあたりは涼しいし、静かでとても気持ちがいい。朝はいつものように早く目がさめ、5時半には朝食。走るための一式を持っていったので7時から走り始める。ゆっくりとあくまでも楽な走りをしようと思って気楽に走り始める。しかし足は軽やかです。タングラムからマダラオ高原ホテルまでは上りだけであるが1時間弱で着きます。約7kmあとは下りで妙高高原駅まで14kmぐらい。そして近くの静かなところでおやつ休憩。すぐにまたタングラムへ。今度は上りだけ。全体で30kmぐらい。

ちょっと走り方の研究をして走りました。偉そうなことを言ってますが、研究したからといって速く走れるわけでもなく疲れないわけではありません。ただそんな心境であるだけです。ちょっと楽しくなりますね。もうがむしゃらに走る年齢ではありません。ゆっくりと走りに集中して考えながら走るのも悪くはありません。走りは今後も続くのです。もう年だからなんて思ってはいけません。年だからこそ走りに集中して自分を鍛え上げていきたいのです。(いつまでそう思うかわかりませんが今はそう思ってます)

2009年07月10日

これでいいのかなー

走りの話はさておき、、

患者さんを診ていると肥満の人が増えているんですね。やせた方がいいですよというとなおさら太ってくる。高齢になるとなおさら太ってくる。もちろんコレステロール、中性脂肪も増えてくる。血圧も高くなる。昔だったら、薬もなく病気になってしまうでしょうね。

ところが今は医学が進歩していてコレステロールや血圧は下げることができます。そうすると太っていても病気にならない人がでてくる。(まあそれはいいことかもしれませんが。)

またテレビではおいしい料理番組がたくさん放映されている。そして、運動や食事療法をしなくてもやせるかのようなサプリメントがこれでもかというくらいに放映されている。

人間の弱さにつけこんで、商売をしようとしていることがみえるから腹立たしい。そして人は実に良くできたコマーシャルにだまされてしまう。

これは私を含めて人間は安易なことに流されやすいからでしょうか。

2009年07月05日

走りたくないとは思うものの

ここ1週間はあまり走りたくもなく、朝早く起きるのもつらく走りませんでした。

しかし、昨日と今日は走りました。土曜日の午後は暇でしたがこういう時に限って走りたくないのです。でも嫌々しながら外に出ると少しづつ走る体制になってきました。外に出てはじめてどこを走ろうかと考える感じです。足は小布施の方へ。土手を走り、人があまりいない所をひた走り。小布施橋をわたりさらに左に曲がり高速道路と平行に中野方面へ。ちょうど15kmの分岐点で折り返し一路家路へ。途中で土砂降り状態になり雷も落ちてくる心配もありましたが雨も上がり再び土手を走って帰ってきました。30kmって結構きついです。

今日はどうしたかというと早く起きて走ろうかと思っていたのですが、怠け癖がでて10時頃の暑い時にやっと外に出る気持ちになり走り始めました。途中で思いが変わり三登山林道トレッキングコースを走りたい気持なり地図を取りにまた家に。車で蚊里田八幡宮の駐車場に行きそこから走り始めました。若槻山城跡、番所跡、三登屋山山頂、八方峠、髻山城跡まで地図を見ながら歩いたり走ったり結構楽しく走れました。斜度はそんなにきつくなく、結構走れました。ほとんど人には会わず、最後の髻山で管理人と思われる人にお会いしました。トレッキングコースはかなり整備されています。まず迷うことはありませんし、余計な草木は切ってありました。でも、一人ですとちょっと淋しいですね。このトレッキングコースは善光寺を見下ろすコースとして有名です。髻山まで約7−8km。2時間弱で着きました。あとは下りで駐車場まで帰ればいいだけですが、下りは暑く走り続けたので山道と違い結構疲れました。3時間弱でした。

長野市には他にトレッキングコースがあり、HPから地図をダウンロードできるのでまた違うコースに挑戦してみます。

帰ってから、近くのお店で生ビールとウナギを食べ楽しかったです。

2009年06月28日

高社山登山マラソン

 このコースは10kmで高度差715kmと言われていますが、いったん下がりまた上がるので合計の高度差は1000mぐらいに達します。そんな厳しい登山マラソンにちょっと恐れをなして挑戦することにしました。トレイルは苦手なんです。 

前日寝ようとしたら、お腹が痛く珍しく下痢をしてしまいました。今日も起きたら下痢。でも体調はあんまり悪くなく、参加をすることにして車で朝早く出発しました。木島平は近く、45分ぐらいで到着しました。会場に着くとまだ6時過ぎ。ローカルな大会のですが神奈川県などからも結構来ていました。この登山マラソンは「果たし状」なんて格好いい名前が付いているのでさぞかしきついコースだと思ったのですが、その通りきつかったです。8時半スタート。一般男子140名あまり、総勢240名ぐらい。中学生と一緒に走るのですが若い彼れは速いし、楽しんで走ってました。大人はそうはいかなくみんな一生懸命です。それでも中学生は純粋によく頑張っていて大人をどんどん抜かしていく。

スタートは最初からスキー場を登っていく。もちろん最初は走りです。走り始めて数分で苦しい。それでも我慢して30分位までは走りと歩きでがんばる。そこからは下りだ。そこでおいしいお水をいただく。すぐに登りだ。しばらくしてからは、本格的な山登りだ。2−3kmのかなりの急斜面を登っていく。みんなもくもくと登っていく。飯綱山よりは少しきつい急斜面が行けども行けども続く。しかし私には意外と気にはならなかった。高度計を持っていったので大体の目安がわかったからだ。山頂は1時間28分ぐらいで着いた。高度差715mのはずが、850ぐらいはあったように思う。そこからはひたすらつづらおりだ。大きな石があり下りづらいができるだけ速く進んだ。足が少し来ていたがそんなにでもなくスピードは出さなくなんとかゴールに着いた。いつも歩きたい衝動に駆られるのだが、マイペースで走る続けることにした。途中にまたおいしい給水ポイントがありありがたかった。ここではポカリトとかそういうものはない。単なる水がとても美味しいのだ。食べ物は置いてない。そこはパワゼリーで間に合わせました。ゴール到着には2時ぐらいかかりました。計測はみんな人力であった。そこがローカルでまた楽しいのかもしれない。終わった後はおいしいトン汁もでたし、おいしい水にもありつけた。若い中学生のパワーを感じたトレイルでした。数人のお知り合いもでき楽しかったです。

この苦しいトレイルを克服することに挑戦してみたいという気持ちが少しだけ湧きました。

2009年06月21日

富士の塔と飯綱山登山

かねてからの懸案でありました上記を連チャンでやる企画です。

最近は睡眠時間をしっかり取ることと仕事を優先して、走ることは二の次にしております。

そんな関係で体調は良いこの頃です。それで何とかこの企画を成功したいと思い本日敢行しました。2年前でしょうかこれをやったら飯綱山の途中でギブアップしました。今日は朝から雨が勢い良く降っておりどうするか迷っていたのですが小降りになり、朝飯をしっかり取ってから出かけました。これをやるには車のお世話になるしかありません。

富士の塔は相生橋から出発して約8kmにあります。標高差は570mありました。標高を測る時計を持参しました。GPSは雨のせいか?途中で表示がおかしくなりうまく測定できませんでした(最近多い)。最初の15分は斜度が強く魔の時間帯でした。もう2度とやりたくないという気を起こすには十分な斜度です。苦しくても走り、30分ごろからようやく楽に走れるようになります。それでも1時間の壁を破ることはできませんでした。1時間数分でした。小雨の中、クマが出てくるんじゃないかという心配を抱えながら走りました。到着後、給水してから下山したのですが標高を見るのを忘れて出戻りました。どじですね。下りもほとんど休まず走りましたが結局、2時間以上はかかりました。

車に戻りお昼にして、すぐに飯綱山の麓をめざして車で移動。1時に登山開始。標高は1200mぐらい。飯綱山は山頂は1917mですので高度差は約700mぐらい。高社山と同じぐらいの標高差です。雨が降った後で登山者は少なし。もくもくとゆっくりと登る。休まずに上ったので1時間14分で山頂へ。山頂で素晴らしい景色を堪能しながらちょっとしたおやつを食べる。10分ぐらい休んですぐに下山する。降りるときは足の先のほうから着地した方がいいと書いてあったのでその練習もする。そのせいかあまり疲れなかったか。ゆっくりと下山したからかもしれない。結局これも2時間以上かかり、総合して4時間半ぐらいはかかったことになりました。その割には疲れは少なかったようです。これで高社山登山マラソンの準備は良しとしましょう。

2009年06月17日

GPSは便利だね

今日のGPSの結果。1時間9分51秒。11.64km。キロ6分。消費カロリー820カロリー。こんな感じで出ます。820カロリーも消費しているんで太らないわけです。今日はよくがんばりました。ウォーミングアップとくーリンダウンを入れてキロ6分は出来すぎています。先日からミズノのウルトラ用で軽いやつをはいてからばかに足が軽くなり早く足が出てしまいます。速いのも気持ちがいいもんですね。28日は高社のトレイルにでます。10kmですがきつそうですよ。ただ上りだけです。よく調べていないのですがスキー場を上がるんでしょうか。木島ですので近くて便利です。それに備えてちょっと早い走りを訓練しているんですが、一度は山登りをしなければいけませんね。
2009年06月15日

健康的なマラソン

最近は、テンションが落ちてきたのか走る意欲がいまいちです。それでも今日で155kmだから月間300台は行きそうです。今日は朝も11km、昼は4kmと走りました。睡眠時間も8時間取れば朝早く走っても眠くならない。昼も元気に走れます。日曜日は草取りと花の植え付けと仕事で終わりました。全く走りませんでした。土曜日は飲みすぎて朝はとても走る気がしませんでした。

人間の体は正直で睡眠時間をしっかりとらなければ言うことを聞いてくれません。昨年は眠くても走ってました。今年はそんな体に良くないことをしません。体をしっかり作り健康的なマラソンに徹したいものです。

今年から昼間のランを取り入れているのですが、暑い中を走ってみると意外と風があり涼しく気持ちがいいものです。家の中にいるよりはいいかもしれません。30分から1時間ぐらいですが、体にとてもいい感じがしますね。日焼け止めはしっかり使いますが。

2009年06月08日

白馬八方からのマラニック

一応長野マラソンクラブの行事でしたが参加者は2人のみ。前半は私一人で走ることになっていた。朝8時20分の白馬行きのバスに乗る(はじめて)。白馬八方に9時30分に到着。それから、ジャンプ台に向かう。ジャンプ台を見学しすぐに走り始める。前半は33kmで約4時間で走らなければならない。鬼無里街道を走る。舗装はされているが車はあまり走らないいいコースだ。最初からのぼりの連続。白澤峠は長くいけどもいけども上り。1時間半余り上り。しかし後は下りの連続だ。あまりスピードを出さないようにひたすら走る。周りの景色は緑一色。いい天気であるにもかかわらず風があり心地よい。鬼無里は広い、行けども行けども目的のいろは堂には着かない。そして1時19分ごろ到着。仲間が出迎えてくれていた。そこで小休憩。おそばを食べる。そばがなかなが出てこなく40分ぐらい休憩。そこから宝光社に向かう。途中に大望峠を通るのだが、途中から急に斜度がきつくなりほとんど走れなくなり、展望台の手前でギブアップ。草むらに座り、パワージェルでエネルギー補給し少し元気になる。そして展望台に向かう。見渡すかぎりの山々、心が洗われるような気持になり元気になる。そしてまた少し下りで再び宝光社への上り。戸隠の中社だ。ここの上りは比較的楽であった。そばも食べる元気もなく水を確保して一路飯縄へ。ひたすら下りと緩いのぼり。途中から自然歩道にはいる。自然歩道はとても走りやすい。飯縄の大座法師池の近くのお店で二人で缶ビール(アサヒから出ている新しいビール)を飲むがあまりおいしくない。そこからは大峰城を目指して下る。途中から山道の下り。近道を通って一路長野のセントラルスクエアを目指す。もう辺りは薄暗い。途中の物見の岩で写真。ここだけは明るい。善光寺の中を通るがまだ回向柱が立っていた。まだ触っていなかったので触る。何かいい御利益でもあるといいのだがとやはり思ってしまう。あとはセントラルスクエアまでラストスパート。それからは二人で打ち上げのビールと夕飯。家に着いたのは10時近くでした。日曜日丸一日走ることに費やし楽しい思い出になりました。これもレースと違い、また一人だけで走るのとは大違い。緊張感も適度にあり最後の打ち上げもまたよかった。不思議と足の痛みは来なかった。体調はあまり悪くなく、なんとか完走できました。
2009年06月05日

過敏性腸症候群

この病気は知っているでしょうか。慢性の下痢や便秘を繰り返す病気です。かなり神経性の要因があります。実は私はたぶんこの病気だと思っているのですが、幼少時から患っております。ですので、いつも胃腸の不快感があり、気持的にもうつ傾向になります。最近までそして今でもこの病気で悩んできました。ところが、ここ1ヶ月前から、下痢はほとんどなし。快食快便です。

患者は治せても自分は治せないのが医師の常であります。

なぜ良くなってきたかというとごく簡単なことです。無理な食生活を改善しただけです。あまり飲みすぎない。あまり食べすぎない。夜遅く飲み食いしない。肉よりも野菜を取る。ただこれだけのことですがこれをしっかり実行するのは結構実行力が要求されます。私はマラソンで強くなるためにこの状態を克服しなければ強くなれないと思ったのです。そして、以上のことを実行すると不思議なことにおなかの調子がとてもよくなり走るのも快適なんです。食生活はとても大事です。マラソンをするよりも時に大事だと思います。健康的な食生活は野菜を中心とした食物をしっかりとる必要があります。肉はあまり大事ではありませんね。肉を取ると胃がもたれるのがよくわかります。そしてゆっくり食事をします。

でも元来肉は嫌いではないので時にとんかつは好んで食べますね。これからもしっかりとした食生活をめざしてマラソンにチャレンジです。

2009年06月01日

今日はお休み

5月の走りですが、萩往環道で39時間ぐらいで206kmを走り、歩きしてだいぶいい練習になりました。負け惜しみです。約1週間ぐらいで少しだけ走れるようになり、その後は毎日のように走れるようになりました。気分転換のつもりで新たなルートを見つけ、長野市内にはいろんなルートがあり走りに適している場所がいっぱいあるんだなーと感じました。そして、今までしてなかった昼休みランを少し暇な時間帯には走るようにしました。連れ合いがいない時はまた絶好の機会ととらえ走る事にしました。左のでん部がまだいたいのですが、マッサージをしながら走ることにしました。そんな努力が実ったのか5月は見事に夢の500kmに達しました。さて、今月はどうなるのか楽しみです。レースも一つあります。レース参加も楽しみです。
2009年05月29日

走り方

萩往環道250に参加してから右足のふくらはぎの痛みがなくなり、左でん部の痛みが出てくるようになりました。超ウルトラの場合には大腿部深部の痛みがいつも出てくるような感じです。今は全くと言っていいほど右足のふくらはぎの痛みが出てこなくなりました。走る時もでん部がぷりぷり動いているような感じで走っています。これっていい走り方??今は痛みがあってもそんなに強くなくマッサージやストレッチで切り抜けています。毎日走っていてもそんなに気になりません。

そして、萩往還前はいつもLSDだけしかしなかったのですが、今はもう少し速く走っています。キロ6分30秒台で10kmぐらいでしょうか。これは平均ですので、ウォーミングアップ、クーリンダウンはそれぞれ1kmぐらいにして後は少し速めの走りです。速い時はキロ6分ということでしょう。これもGPSを購入してからできるようになりました。少し長めの走りの時もキロ7分ぐらいで走るようにしました。坂道の時はさすがにできませんができるだけということで負荷を強くして走っています。故障しない程度にこれを続けます。そして、月間走行距離のアップも大きな課題です。まだ、60歳前もう少し厳しくトレーニングに励みます。

2009年05月26日

昼間のラン

今日の昼間は1時間余り暇な時間ができたので、早速ランに出かけました。片手にペットボトルを持ちゆっくりと走りました。以外と暑くなく快適でした。川べりを走っていると、茶色っぽい蛇50cmぐらいがこの暑い時にいました。川を覗いているようでしたので、後ろからけってやると川の中にジャポンと落ちてしまいました。川の中をすいすいと泳いでいましたが、コンクリートでできている川べりをどうしても這い上がることができません。それで川の流れに流され下に下って行きました。ちょっと仏心が芽生え、小枝で蛇の後ろを支えて脱出させてやりました。蛇もかわいいもんですよ。

そして、またゆっくりと田舎道を走りました。麦茶を飲みながらのランもいいもんです。これからますます暑くなります。暇な時間があったら、30分でもいいと思うのですが昼休みランをしたいと思っております。

2009年05月25日

「60歳のラブレター」

昨日は暇ができたので映画館へ行きました。

60歳というのに惹かれ行って来ました。人生の分岐点ですね。3組のいろんな形のラブレターがありました。どうあがいても分岐点なのでしょう。私の周りにもいろんなことがおきてますねー。一応夫婦のけんかは最近はしていないし、する必要もない感じです。お互いが好きなことをしてますね。私の周りはみんな健康というわけにはいきません。いろんな問題があることは皆さんと同じです。それでも走らせてもらっている事に感謝です。

60歳のラブレターはみんな問題ありながらハッピーエンドで終わっています。終わりよければすべてよしということでしょうか。なかなか人生はそうはなりません。悲観的ではなく人生はそんなものだと思います。(やはり悲観的か)

2009年05月24日

月間412km

今月は5月に萩往還で206kmを走ったので、比較的簡単に400km以上に達しました。

今日は走り始めは馬鹿に足が重くとても走り続ける気分ではなかったのですが、徐々に足が軽くなってきてなんとか26kmを走りました。キロ平均8分、時間3時間30分、消費カロリー1600カロリーでした。飯縄町平出までの走りです。飯縄町は静かでもう田んぼに水が入り稲が植えられていました。

午前中に走る時は終盤はおなかがすく時間帯であり、何らかの補給が必要になりますね。給水は最初は紅茶で甘くおいしいのですが、終盤はチョコバーと麦茶にしました。これって健康に良いのかもう一度考える必要ありですね。チョコバーよりももっとあっさりした方が良さそうです。パワーバーはちょっと高すぎる感じがします。やはり重いのですがおむすびが一番健康にも良いのではないかと思うのですがどうでしょう。(自家製のおむすびがおいしいです。)j脂肪を燃やすとかいうものにはアミノバイタルがあります。小野木先生はエビオスを薦めています。10km走るたびに10錠飲むということですが、10錠を飲むのがちょっと難しいです。小さな薬瓶(プラスチック製)の中にエビオス錠を入れ、もう一つの小さな薬瓶に水を入れればあまり荷物にならないかもしれません。

エネルギー補給について普段の練習でも考える必要があるように思えますがどうでしょう。

2009年05月18日

けだるさ

先週はちょっと頑張りすぎたのでしょうか。やけにだるいです。金曜日20km、土曜日22km、日曜日33kmと私にしては走りすぎました。どこも故障はないのですが、なんとなく息苦しく、疲れているのです。ちょうど走った後のような感じが続いています。自分の体にどんな変化が現れているのかよくわかりませんが少し自粛したほうが良いかもしれません。今日は4km走るのが精一杯でした。今日からとても蒸し暑いです。

最近新しい走るコースを見つけました。とても坂道が多く疲れるコースですね。自販機もあまりないので、ガス欠に注意です。田舎道で車のとおりはあるのですが少し。最初はずーと登り、そして帰りは下りのみです。日曜日は飯縄町まで行って来ました。折り返しは飯縄町の長野マラソンクラブで立ち寄る農協前の小売店です。それから先に行こうと思っていたのですが、時間切れで止めときました。帰りはひたすら下りで、途中も道を間違えおじさんに聞きながらの帰りでした。雨が降っていてちょっと辛かったです。最後にガス欠になってしまいました。ホントに走れなくなるんですね。やはり年を考えた走りですか??

2009年05月16日

胃薬 補足

胃薬に関しては、今回萩往還で優勝した小野木淳先生の発案で広まってきた経過があります。私の知識ではありません。医学の本を見ても実はこんなこと全く書いてないのです。走っている先生はいっぱいおりますが、なぜかPPIがマラソンに効くとは書いてないのです。その点で小野木先生は多大な貢献をされております。しかし、残念ながらそのことはまだ医学的には評価されておりません。ですので、医学の本にも書いてありません。小野木先生はそのことをとても残念がっております。私がさも知っているかのように書きましたが、小野木先生の知識を私が実践して効果があると実感しているので皆さんにお勧めします。

小野木先生は2つの本を書いています。

鉄人ドクターのウルトラマラソン記

  新生出版

あぶないランナー

 自費出版

以上は小野木医院のHPに電話がありますので直接先生に連絡が取れば注文可能です。

熟読に値する本です。(私はまだ熟読しておりません、この本を再度読んで反省することが多いです。)

2009年05月15日

胃薬

マラソンに胃薬は欠かせない。胃が強い人はそんなにいつでも必要ではないのですが、トップアスリートになると必要な人も出てくるらしい。胃が弱い人や、いつもは胃が弱くない人でもマラソンやウルトラマラソンになると食欲が極端に落ちてくるひとがいる。そんな人にお勧めなのがガスター10だと言いたいのですが、なかなかこれでも良くならない人がいる。ウルトラマラソンでは私は常に胃薬を携帯して走っている。その中でもPPI(タケプロンOD、オメプラールなど)はとても効果が良いと思われる。私はこれは医師の処方箋がなければだめだと思っていたが、実はネットで手に入るのである。この薬だけではなく、実はほとんどの薬はネットで手に入るのではないのだろうか。

 ためしに糖尿病の薬が手に入るかどうか検索してみました。なんと殆どの薬が手に入ります。

先日の報道ではこれに関しての規制の問題がありました。しかし、まだいろんな薬が手に入るのが現状だ。医師の処方箋しか出せないと思っていたが抜け穴はあるのです。 注意して使って欲しい。事故が起きたら自己責任らしいが、これでいいのだろうか。

2009年05月13日

練習再開

両下肢の痛みも少しずつとれ昨晩から走り始めました。私にとって走ることは本当に楽しい。今の時期はショートパンツとTシャツが一番走っていて気持ちがいいです。もう見た目は気にしないことにする。

走ると腸頚靭帯が少し痛むが気持ちが良いほどの痛みである。速くは走れない。キロ7-8分程度である。今朝はそんな速さで小雨の中を10km走る。朝であるので登校途中の中学生に出会う。みんな早く学校に行くんだなーと思いつつ、少し恥ずかしくもある。

これからのレースの予定は当面ない。またこつこつと走る事にしよう。

2009年05月12日

体つくり

萩往還を走り、フルマラソンとウルトラは違うとはっきりと思いました。フルマラソンはそこそこの体力があれば完走できます。しかし、ウルトラは体力勝負でしょう。そこの点で反省がいくつもあります。胃弱でいつも体調が悪いと体重が増えないし、筋力もつかないのではと思いますがどうでしょうか。腰回りの筋力、腹筋、背筋などの総合的な筋力が必要でしょう。そして、長い距離を走ってもびくともしない筋力。これらは、ちょっとフルマラソンとは違う感じがします。きゃしゃな人でもウルトラにはいますがたいていはしっかりとした体の持ち主です。私はかなり華奢なタイプに入ります。その点でもっと体を鍛えることは今後の人生にプラスになることです。ウルトラだけが人生ではありません。しかしウルトラを通して、人生を豊かにすることはできるかもしれません。その点で私はウルトラにひかれるのです。一から出直すウルトラです。さあ、今後に期待をしてください!!
2009年05月06日

萩往還道は厳しく(4)

萩往還道は正式には206.3kmの距離を走ったことになります。(歩きのほうが多かったかも)体力的にはまだまだ歩けました。時間さえあれば頑張ったかもしれません。しかし、私はどうも最後の頑張りが弱いようです。長野に帰還したとき、SさんとNさんが迎えてくれました。階段を降りる状態を見て、まだまだ行ける足だねと言われました。そうなんです、階段をさっさと降りれてしまう足であったのです。どんなことがあっても走ってやるんだということは容易いことですが、実際は走れなかったのです。このギャップをどう埋めるのか。それは私の課題ということにしておきましょう。

足のむくみは少しだけ出ましたが、そんなに大したことはありません。今は足低のマメが痛いことと下肢の筋肉痛ぐらいです。まだまだ体力があることを喜んでいいのか、全くだらしないやつだというかは人それぞれでありましょう。

昨日は、Sさんと話をする中で、Sさんは来年は萩往還道140エントリ、再来年はSさんと私が250をエントリしましょうということになりましたが、Sさんは果たして昨日のことを覚えているかが問題です。

素晴らしい萩が終わり、これからはトレイルなどにも力を入れて下肢だけでなく全身の鍛練と健康を追及していきたいものです。

2009年05月06日

萩往還道は厳しく(3)

玉江駅は素通りして虎ケ先に急いだ。急いだといっても、足は走っているのか歩いているのかわからない速さだ。萩城跡をそばに見て、菊ケ浜海岸をちんたら走りだ。青のゼッケンの人はまだ勢いがある。中には歩いている人もいて追い抜いてやったがまた追い抜かれたことだろう。虎ケ先までは12kmの道のりだ。ここは平らだと思ったが、笠山の近くを通るには結構な上りがあった。途中でAナンバー(250参加の人)のおばさんにお会いしたが、体は完全に傾いて歩いている。痛々しいのだが皆に声援を送っている。どうしたんですかと聞いてみると、千畳敷の上りと下り、また三見駅まで下りで腰が痛くなってきたというのです。悪いけどと言いながら診察すると、完全に側湾症でこれでよく走ってこれたのかと思い今後はしっかり医者にかかってくださいと言った。ちなみに彼女は看護師でもあった。かわいそうなので、杖を捜してやったらだいぶ助かると言っていたが、虎ケ先までは無理だと言って萩城跡まで戻って行った。そこまでだってだいぶ距離がありリタイアバスに乗るのも容易ではないのです。私は痛い足をそれでちんたら動かし虎ケ埼まで急いだ。後続からAナンバーの人が走ってきて私を追い抜いて行った。まるで普通に走っているではないか。私が走れるとしたら小走りしかできない。間違いなく、足が痛いに違いないのだが普通の走りをしている。足もしっかり上がっているし、スピードもあり元気だ。羨ましく思いながらも、ゆっくりと虎ケ埼まで急いだ。しかしこの時点で完走は不可能と判断した。時間はまだ朝の8時頃だ。東光寺に遅くとも9時半ないし10時までにつかなければ完走は無理だ。悔しいがこの時点で完走は諦めざるを得なかった。虎ケ先ではカレーを大盛りとビールをいただいた。とても美味しいカレーとビールではあった。

その後、タクシーで他のランナーと瑠璃光寺に戻り、いろんなメンバーとお会いした。タマゴンさんとは途中でも2回お会いして元気をもらったが、私は完走できなかった。タマゴンさんは見事完走でした。パチパチ。ゴール手前で優勝した0先生に出会った。彼もアイスクリーム私もアイスクリーム。あまり話したことはなかったのですがいろいろ面識があり、話は弾んでブログの辛口コメントの先生らしくなく丁寧でやさしい先生と思われた。やはり腰のあたりを鍛えることも大事ですねと言われていた。夜はまた酔っている0先生にもおあいしまた。また、愛知の0先生にも久しぶりにお会いした。100kmをサブテンで2回走ったというのだ。だいぶ早くなったですね。250に楽勝ですねと言ったのですが、右くるぶしを痛め、私より早くリタイアしてしまっていた。彼はまだ若いのでまた挑戦するに違いありません。私はどうする?それは次回に書きますね。

2009年05月06日

萩往還道は厳しく(2)

仙崎に完走時間ぎりぎりに飛び込んだので、鯨墓に行く途中の静か浦でのエイドはパスしようかと思っていましたが。走っていると矢印があり、おいしいカレーライスが食べられると思うと自然に足は食堂に。そして、気分が落ち込む場所でもあり景気づけにビールを飲んだ。そしてすぐに出発した。行きはよいよい帰りは恐いとまさにその通りの道であります。峠が大きく二つあり、二つ目の峠の入口に静ケ浦があります。行きが10kmで、大きなアプダウンがありますのでとてもじゃないけど歩きだけで4時間かかったという人がいましたが、私のように歩きの遅い人間は無理です。上りは歩き、速歩下りはゆっくりと小走りしかありませんでした。しかし、10kmってこんなに遠いのだろうかと思わせるだけのものがあります。萩往還道全体がそうですね。3kmってこんなに遠いのだろうかと思わせる距離なんです。これはたぶん、平らな部分はほとんどなく長ーく感じてしまうんでしょうね。さて鯨墓について、記帳をしてスポーツドリンクを2杯飲んですぐに出発です。帰りはもうすでに真っ暗闇です。街灯なんてありません。時折自動車が速い速度で通り過ぎるぐらいです。帰りを急いでいるとまだまだあとからヘッドライトの光がやってきます。10数人ぐらいでしょうか。私は後ろから十数人目ということですね。追いつかれないように必死に走りました。そしてまたゆっくりと歩きました。そんなことを繰り返していると前方に男女3人の集団がいました。その中のかわいい女性が、一緒に走って行きましょうよと声をかけていただきました。無理無理とかわしたものの、石川さんの言葉を思い出し一人で走るのは危険と判断して男女の集団に追い付いていきました。彼らはやはり速かった。15分余りであろうか必死で走りついて行ったが上りに差し掛かった時はちょっと無理と判断して自分一人で行くことにした。もうすでに周りはうっそうとした山であり、静寂で怖い感じこの上なかった。しかししばらく我慢していたら町の光が見えてきた。ほとんど歩きでした。仙崎に戻るのにゆうに4時間以上はかかった。仙崎エイドに再び戻ると先ほどの男女の集団がいた。もう休む時間はなかった。11時頃であったろうか。素通りして宗頭に向かった。わかりづらい道であったが地図は頭の中にあり、ショートカットをして宗頭に急いだ。しかし観月橋はなかなか現れなかった。まっすぐ行けばあるはずなのにない。大分歩いてやっと観月橋はあった。そこからがまた遠い。同じランナーと道を急いだ。相手のランナーも歩いているのだがやはり速くだんだん遠くに行ってしまう。私も必死に歩きようやく宗頭に着いた。2時間半はかかったろうか。着くなり記帳をお願いし、むすびを一つと味噌汁、バナナをいただいて荷物の整理をしてすぐに出発だ。出発はもうすでに1時半ごろであり完走ぎりぎりのラインだ。

藤井商店への道をほかのランナーが反対に行くという。私は反対側に行けばいけますけど、藤井商店でのチェックはできませんよと言ってこちらの道へ変更してもらった。間違っていけばおそらく完走できないだろうなと思う。疲れている体で1−2kmの距離はかなり体にこたえるのだ。3kmで藤井商店に着くのだがこれまた遠く感じた。そして、藤井商店を左に曲がり、山の中へ。また3kmほど厳しいのぼりの連続。仲間について行くのが精一杯である。国道に出て三見分岐までおよそ

3kmほどあるのだが急な下りでありとても長い3kmであった。全く走れず歩くのみであった。途中足の足低が痛く靴下を何回も履き換えたが足の痛みは治らずこれが萩往還だと言いながら前に進んだ。あとでよく見たら小さな豆ができていた。ここでも他のランナーから引き離され一人で三見駅に急いだ。ちょっと道を間違えたが後続のランナーについて行った。三見駅についてこれからの怖い道を考え他のランナーに同行をお願いした。そのランナーは鯨墓で一緒になったランナーで長野県の伊那の人でした。いろいろ話をしながら歩いて行ったが、日が明るくなりこれはかなり厳しい時間帯だよねということになり必死で道を急いだ。玉井駅に近付いてきたので、かれはまだ走れそうなので先に行ってもらった。結局彼はどこでつまづいたのか完走はできなかった

2009年05月06日

萩往還道は厳しく(1)

萩往還道は予想をはるかに上回って厳しく私の前に立ちはだかった。俵山温泉67.1kmぐらいまでは比較的順調に走りぬけることができた。それからの急な上り砂利ケ峠3.65kmは良いとしても下り9.2kmは私には少し速すぎたようだ。かなり急な斜面でありとてつもなく長い距離に感じた。自分のペースを守るというより少し相手に負けないような走りであった。相手は少し走っては歩いていた。結局最後は、相手に抜かれてしまった。というのも、走り続けて足のダメージが徐々に出てきて走り続けることができなくなったからだ。海湧食堂86.7kmを出るときは、足に異変をきたし、走っている人に走り方がおかしいよと言われた。何かびっこを引いている感じと言われ、このまま後150kmを走るのは無理ですよとまで言われた。腸頚じん帯の痛みがあり、走り方がおかしかったのです。仕方なく、茂みの中に隠れ、痛み止めの座薬と湿布を貼って様子を見た。徐々に痛みは軽快し、俵島は難なく時間どおりに通過した。川尻食堂107.2km、立石観音117.1kmもかなりあぷダウンがあったが、なんとかゆっくり通過した。このときはもうすでに速く走ることはできなくちんたら走りしかできなくもっぱら休憩はしなくすどりの作戦を通した。そのためそんなに遅れることはなかった。千畳敷への下りもながく、以外ではあった。途中から上りになるのですが、とてつもなく長く感じられた。たった7.6kmであるのですが、富士の塔を黙々と歩く感じでしょうか。暑く、アスファルト道路でありいやらしくも上りきったところにあるのではなくさらに先にありまた急な斜面があらわれ精神的にもかなり疲れた。休む間もなく、千畳敷を下った。皆さん歩くことなくかなり急な斜面をトコトコ走って行ったので私も小走りに切り替え、やっとの思いで西坂本を過ぎ、堀田分岐エイドに着いた。このときはじめてカップヌードルを食べるために小休憩。高校生がよく動いてくれ元気をいただいた。それからは、黄波戸峠を目指した。峠は遠くにありにけり。境川交差点まで5.7kmは遠く、途中でショートカットをしたが辛さに変わりはなく、必死の歩きと小走りであった。途中で矢印を見落とし違ったほうに行きそうになったがランナーを見て軌道修正をした。仙崎エイド142.6kmはまたさらに遠かった。私はほとんど走れない状態であったが、何とか小走りを交えることができた。仙崎エイドでは両足の先を氷水で冷やすことができた。この時すでに午後6時30分ごろであった。まだなんとか元気ではあったが、予定より遅れ内心は焦っていたのだと思う。
2009年04月30日

不思議なことですが

なぜだかわかりませんが、不思議と萩往還の不安感はなくなりつつあります。足の違和感も以前としてあるのですが。

萩往還道のコースはほとんど頭の中に入っています。まず迷うことはないでしょう。でも地図はちゃんと持っていきます。寒さ対策、雨対策もそれなりにできています。そして、できるだけ余分なものは持っていきません。最低限のものだけです。しかし、デジカメの軽い物は持っていきます。だって、苦しいだけじゃ辛いからね。素晴らしい景色、仲間の写真などはとりたいものです。きっと気分的に違うんじゃないかな。

このレースは精神的なものが半分以上占めているような気がしてならないので、絶望感に陥らないようにするのが一番大事です。そんな時は、掲示板を見たり、念仏を唱えたり、今までの苦労を考えたり、仲間の励ましを思い出したりしましょう。暗い夜が一番危険ですね。2日目の鯨墓からの帰り、宗頭への走りが一番大事ですね。後は、気力だけです。

SKINのタイツで身も心も固め、そうかといって固くならずにリラックスして走ります。気持ちはもう20代ですなー。

2009年04月28日

今までを振り返って

タマゴンさんには私の弱気を見破られてしまいましたが、そのとおりなんで困ったものです。

さて、この8ヶ月の走りの記録をまとめてみました。

8月309km 9月360km 10月344km 11月380km 12月305km

1月336km 2月367km 3月302km

9月8日浦佐温泉山岳マラソン フル 

10月20日大町アルプスマラソン フル

11月16日 湘南国際マラソン フル

4月19日長野マラソン

長距離走 12月23日48km 7時間30分 1月18日50km 8時間

       1月25日55km 7時間30分 3月1日65km 10時間 以上、主に坂道走

最近ずっと走ると右ふくらはぎが痛くなります。走っている時は感じません。これが不安材料なのですが、他の人も、結構故障しているのは知っています。あと、4日間です。まずは走らないで、歩いたり散歩したりに専念しましょう。あとは、あきらめない気持ちを持って気合で乗り切るしかありません。

2009年04月27日

萩往還250を前にして

萩往還を完走したからといって大きな事を成し遂げたとは思わないけど、少しは自己満足になると思い、結構多くの時間と努力をさいてきました。

そしていよいよ萩往還も目前です。

完走するに当たって予想されることをいくつか書いてみましょう。

いつも長距離を走ると右の下腿のふくらはぎがうづきます。これは今度は強い痛みになって現れる可能性があります。この痛みに耐えられるかどうか。

超長距離といっても時間との勝負です。皆さん、分を争って急いで走ったり、歩いています。また、休憩時間を極端に少なく取るようにしています。足が速い人でもそんな感じなのです。これは簡単なようでなかなか難しいものです。疲労の極地に達した時人間はどうなるんだろうか。

萩往還の走るイメージを常に持ち、先を読んで走ることです。これはちょっと面白いことです。コースを頭の中にしっかりといれることです。

仲間との交流、そして自然との触れ合いがあります。寒い夜、暑い昼間が予想されます。仲間の速い走りに圧倒されないだろうか。

大きな壁を乗り越える勇気を持ち合わせているだろうか。

なんだかとても楽しみにしております。しかし、走っている時は楽しみは少なく苦しみのほうが多いのです。

2009年04月22日

休憩時間

休憩時間の取り方により走りがだいぶ変わることに気がつきました。いまさらですが。

例えば8kmを走るのに、その前にエイドで10分休む人と3分休む人を比べてみましょう。いづれの場合もトータル78分かかると仮定しましょう。10分休んだ人は68分で8kmを走ります。速さはキロ8.5分です。3分休んだ人は75分で8kmを走ります。速さはキロ9.375分です。これは大きな違いです。萩往還では皆さん休憩を極力短くしているのはそこから来るんでしょうか。わずかの休憩時間の違いで走りに大きな違いが出ることをしっかりと頭にインプットすべきですね。昨年はこんなに真剣に考えなかったなー。やっと行動計画表なるものを表形式で作りました。昨年とCPも違うので行動計画もやり直しました。

あとは根性でやるしかないですね。

 

 

2009年04月20日

暑かったですねー

6000番台でスタートしましたが、ちょっと遅くていらいらして人を軒並み抜いていきましたが、その後は付けで苦しんでしまいました。最初は好調で楽しかったですねー。しかしそれも25kmぐらいまで。後は、暑くもなりぜんぜんスピードが出なくこんなに頑張っているのに6分台と愕然としてもがいておりました。35kmぐらいからまた少しだけ復活しましたが、後の7kmは何でこんなに遠いのだろうと思いました。菜の花と桃はきれいでした。特に菜の花は黄色のじゅうたんを広げているようですばらしい世界でした。ゴール手前では気持ちが悪いやら足がもう動かない気がしてつい歩いてしまいました。でも、スタジアム手前ではさすがに歩くわけにもいきません。そしていきなり、気合の効いた吹奏楽団の音で大分励まされました。音楽って不思議な力を持っているんだなーとちょっと感動。

久しぶりに4時間を大きく過ぎて着きました。それでもくたくた。いつもよりずっと疲れた感じでした。

長野マラソンクラブの旗の下へ行き、生ビールをいただきました。おいしかったですねー。皆さんもお疲れモードでした。

不思議なもんであんなに足がもう動かない状態だったのですが、しばらくすると足はまだまだ走れる状態です。

仲間とまた生ビールを飲み、楽しい時間を過ごし帰って来ました。昨夜は妻がいなかったのでチョコチョコと料理を作り、おいしく自分の料理をいただきました。アイシングをしてもう早々と寝ました。

2009年04月16日

長野マラソンを迎えて

今回私は長野マラソンのエントリーで陸連登録しませんでした。そして、予想タイムも4時間半ぐらいにしたものですから6000番台になってしまいました。久しぶりにこんな番号でなんとなくうきうきしています。練習のつもりで走るので最初はゆっくりです。そして着実に走り次から次へと人を抜いていく。これは快感ですね。時間はせいぜい4時間ぐらいで走りましょう。しかし、真剣に走りますよ。萩の前哨戦です。長野マラソンクラブのシャツを着て走ろうかとも思っています。

最近のマラソンブームはすごいですね。不景気とはまったく関係ないです。マラソンはあまりお金もかからないスポーツですので良いのかもしれません。しかし、マラソンブームに乗って儲けようとしている人もいるでしょうね。不景気の世の中ですのでなおさらでしょう。

さて、うちの患者さんの中にもランナーが結構います。お年寄りの方の中には応援がすきで応援することで元気をもらうんですよと言っておられた方がいました。長野マラソンは沿道の応援がすごいのでやりがいがあります。ランナーのみなさん、あんまり速く走らないでゆっくり着実に走りましょう。それが健康に良いかもしれません。

走っていると、「先生!!がんばって!!」と言う応援をいつもいただきます。ありがたいことです。

2009年04月11日

GPS

以前GPS機能付き腕時計を買ったと書きましたが、これって便利ですね。まだ初心者ですが、自分の走っている速度とか距離がわかるのがとてもいいです。今まではだいたいでしたが、比較的正確に出るので、今日はこれだけ走ったと正確に言えるんでいいです。あまりアバウトはよくないです。

萩往還道にしても、まだまだアバウトの走行計画しか書けませんが、GPSを持っていると今までの走りがだいたいキロ何分だとかわかります。この区間はだいたいキロ何分だとすると、少しわかるような気がしてきます。でも、まだGPSの速度はあまり信用できない面があります。あくまでもGPSは平均的な時速を出すのでしょうか、これってちょっと違うよなーという感じの時もあります。GPSもアバウトに使えば役に立ちます。

そんな感じで、毎日使えば速度感覚とか距離感覚が養われるのかもしれません。

昨日は当直で病院で仕事でしたので、今日は午後暑そうな天気の中で走りました。しかし意外と天気のわりには風もあり気持ちよく走れました。今日は坂道走でなく、平らな所をゆっくり走りました。なんとか10kmを走りました。ショートパンツと半そでで十分です。ここ2−3日天気がよく桜も八分ぐらいに咲いていました。今日で109kmでした。明日は出張です。まあ、走れない口実もできていいというものでしょうか。

2009年04月07日

春だなー

今日はまた朝は5時ごろに目覚ましがなり、しばしボートして熱いお湯を飲んでおもむろに着替え、お風呂のスイッチをいれ、携帯、そして、万が一の場合の連絡先を書いたメモをポケットにしのばせ準備完了。30分は過ぎてしまう。そして、GARMINの時計を身に着け家を出た。ちょっとだけ暗い。でも明るい朝だ。途中の桜のつぼみもピンク色になり始めた。今日は2回目であるが、畑のそばを走っているとキツネらしき姿に出会った。小さく尻尾は大きく、犬とは違う走りだ。小走りにどこかに消えた。追ってみようかと思ったがどうせ追いつけないと思い止める。朝はまだ、霜が降り寒い。それでも、帽子などなしに走れる。ゆっくりと走るのだが、苦しくなってくる。こんなペースが一番いいのだとわかってきた。速く走りたい気持ちを抑え、もっと走りたい気持ちを抑え、ゆっくりに徹する。

長野マラソンまで2週間を切った。そして、萩までは1ヶ月を切り、気持ちは次第に萩に向かっている。こんなに情熱を持って走っていることは未だかってない。もう60になると言うのに不思議なものである。走り始めてちょうど今月で7年になる。最低10年は走り続けたい。できれば、づーと走り続けたい。健康である限り情熱を持って走り続けたいものである。

2009年03月31日

ようやく春ですね

今日は外気も春らしく、寒さを感じないようになってきています。まだまだ朝は寒いのですが、着実に春は近付いています。そして、今日は3日間走っておらず久しぶりに走り、ゆっくりの走りに徹しました。ゆっくりでも足の筋肉は鍛えられることを実感します。朝1時間、そして昼間はほぼ散歩程度で、何とか距離にして月間302.2kmに達しました。31日もあったのに先月より距離がだいぶ落ちました。その理由は、足の疲れもあり、走るのを控えたこと、風邪をひき走れなかったことです。

明日からは4月です。4月はしっかり締めたいものです。距離を増やすのではなく、心の準備と物的な準備もしなくてはいけません。

4月は花見の季節ですね。お花見もしたいものです。きれいな桜を見たいですね。お酒よりもきれいな桜がいいですね。きれいな桜の下で、お酒を飲むのが一番ですが。これがなかなか難しいですね。いつも花より団子になってしまうんです。

 

2009年03月25日

調整

今までは、結構頑張ってきたのか、最近はちょっと走れば持続する筋肉痛がでてきます。特に、スピードを上げて走るとこの筋肉痛はてきめんに出てきます。これはちょっと休めというサインだと思っています。

今日は、それでも1時間ほど、ウォーク&ランを繰り返しました。これで十分という感じです。しばらくは、毎日こんな感じで続けられればいいのかななんて思っています。年の影響もありますね。

ランナーは結構、故障が多いですね。ちょっと無理をして靭帯を痛めてしまいます。靭帯を痛める前にはいろんなサインがあると思うのですが、スピードを上げて走っていると、故障には気がつきにくいです。走った後に靭帯を痛めてしまうのです。ですので、お年寄りに近い私は、できるだけゆっくり走ることにしています。

 ところで腹筋トレですが、私はかなり痩せているので、仙骨部に床ヅレができてしまい、腹筋をすれば悪化するばかりであり、今は余儀なく中断しています。治癒には2週間はかかりそうです。もっと続けたかったのですが残念です。

 

2009年03月22日

まだ寒いね

梅の花も咲き、すっかり春めいてきましたが、朝のランはやはり寒い。それでも、数日前から、ランパン、上は半そでか、山用の長袖一枚でよくなりました。今日ははじめは雨も降っていなくこれは気持ちよく走れるかなと思っていたら、少しずつ雨が降ってきた。引き返すわけにいかず、小雨の中を善光寺へ。手が先ず冷たくなるが、あんまり気にならない。山用のシャツは防寒にはよくできていて、少しぐらいの寒さは全く問題なし。途中でランナーに多くであったが、みんなしっかりと防寒している。ランパンをしている人はいない。でも、今の時期は全くランパンは問題なしだ。肌を出していると気持ちがいい。善光寺に寄るといっても、そこのトイレだけお借りし、暖かい紅茶を飲み体を温めるだけ。すぐに家路を急いだ。ゆっくりとマイペースで走る。4時間以内だと足にはまだ来ないので、きつい練習ではない。最近は、故障もあり、ゆっくりと走るだけ。毎日も走れない。

それでも、やっと252kmには到達しました。

最近,GARMIN社のGPSを搭載した普通の腕時計タイプのものを購入した。距離も正確に測れるようになった。ちょっと高かった。しかし今後のことを考えれば、必要なアイテムだと思う。使いこなすには時間がかかりそうです。以前のものはベルトが壊れてしまい使いずらく、使っていなかったのです。

2009年03月14日

腹筋

腹筋はマラソンに良いといわれているが、あまり腹筋トレーニングはやってこなかった。

0先生は、毎日250回やっていると書かれていたが、私にとって30回ぐらいが精いっぱいであった。しかし、競馬の乗馬師が、毎日100回しているとテレビで見た。若き乗馬師である。これは私でも出来るかもと思い、1ヶ月前からやってみた。しかし、1回のやり方はあんまりしっかりしないで回数にこだわった。反動をつけてブランコーのようにもやってみた。大体40回ぐらいで腹筋がぶっちぎれそうになる感じ。それでも50回は頑張ればできるものである。そして、50回を2セットやってみた。何とかやれるではないか。そんな感じで、毎日、1ヶ月は毎日腹筋100回は何とかできるようになった。

そして、昨日テレビを見ながら、何の気なしに腹筋トレーニングをやっていたが、250kmに挑戦してみようという気になりやってみた。50回を5セットである。やってみれば、最初の50回が一番きついのである。あとは何とか頑張ればできることがわかった!?

昨日初めて250回できたので今日は再び挑戦でした。汗びっしょになり、なんとかできたのである。時間はあまりかからない。これからも挑戦してみましょう。いつまで続くはわかりませんが。

2009年03月12日

まだまだ寒い

朝錬は寒く、結構、精神面での鍛錬になります。

今はリハビリランです。ちょっと右足に違和感があり、無理ができません。1時間あまりすごくゆっくり走ってます。それでも汗が出てきます。朝は、とても寒く、雪もちらほらです。

この寒い川べりにいつも決まったサギがいます。私を待ってるかのようにいます。毎日ではないのですが、サギが最近良く見かけます。白いサギもいます。近寄っても、近い距離に飛ぶだけで、あまり遠くまでは逃げません。

まだ、蕗の薹はみかけません。料理では出てくるのですが、まだまだ出てきていません。走っていて辛いのは、手が凍えるように冷たくなることです。

でも、走るのは楽しいです。今日は知らない小道を走りました。川べりは特に地面であり、足にも優しく、走りやすいものです。

毎日、少しづつ走って行きましょう。きっと萩が見えてくるに違いありません。

2009年03月01日

まだまだ甘い

今日は長距離走をしました。今までで一番きついメニューでした。65kmを10時間で走りました。

最初の30kmは比較的軽いアプアンドダウンでしたが、これで大分足に来ました。最初の10kmが意外ときつく苦しかったのですが、その後は淡々と?走れました。休憩時間の取り方が難しい。

休憩は水を飲み少し休むだけで軽く5分は過ぎてしまう。1時間ごとに休憩するようにしていたのですが、そのうちに30分ごとに休憩しないとつらくなってしまう有様。そのうちに、天気が良くなり、体も慣れてきたのか、1時間ほど走れるときも出てきた。甘い心が出てくると、すぐに歩きたくなる。この誘惑を断ち切るのが難しい。しかし、トップの方の練習をみていると、かなり自分に厳しく練習している。そんなことを考えながら、できるだけ自分に厳しくしたつもりですが、一人の練習ではどうしても自分に甘くなり歩いてしまう。こんなことで、萩往還道は走れるのだろうかという不安がでてくる。

走ることは胃腸に負担が来るのであろうか、下痢を繰り返しながらでした。この点も今後の課題です。これからはしばらく、長距離走はできません。毎日走るように努力していきましょう。

   ところで、富士の塔までの立ち入り禁止のひもはなかったので、上にまで行ったのですが、朝日観世音の上で雪があり、雪道の中に足跡が。熊の足跡?何となく怖くなり、上まで行けませんでした。(小心者)

2009年02月28日

春も近し

最近は朝もだいぶ明るくなりました。走り始めは暗くとも、途中からは明るくなり気持ちよく走れます。筋肉痛もなんとかリハビリランのおかげで、悪化することもなく走れています。長距離走はどうなのかはわかりません。

しかし、今月はよく毎日走りました。1日除いて毎日11km以上走りました。といっても総距離は367kmで、400kmには達しませんでした。昨年と比べて、総距離は落ちています。でも、毎日走っているのは今年が初めてです。毎日走るのは結構根気が必要です。体の調子が悪い時も走ります。調子が悪い時もゆっくりと走っていると調子が良くなってきます。健康にいいのか悪いのか全く考えていません。

3月の目標は、引き続き毎日走ること、長距離を1回は走ることです。3月はいろんな行事があり日曜日がつぶれますので、長距離はあまりできませんね。

萩まであと2ヶ月です。もうすぐという感じです。とても不安だらけですが、やるしかないです。

2009年02月23日

筋肉痛

土曜日の夜、右の大腿部の内側の筋肉がうづいてきた。そのうち寝付いてしまったが、日曜日に走り始めると、またうづきが始まり、マッサージして、走り始めたらうづきがなくなり、2時間ほど走り止めました。その後は、やはり痛みが出てきてアイスノンにてアイシングをしました。仕事があり充分できなかったのですが、アイシングの効果があり、うづきはなくなってきました。夜は念のためシップを貼りねました。そして、今日はどうしようかと迷いましたが、リハビリランにしようと考え、スローリと走り始め、何とかいつものメニューをやれました。ゆっくり走れば、リハビリランになりますね。今はうづきもないです。明日もリハビリランです。毎日、根気よく自分の体を鍛えていくしかないですね。速く走ろうという気持ちはさらさらないので気楽なもんです。
2009年02月21日

走れることに感謝

最近は毎日走ってます。朝起きて、走り始めは少し辛いのですが、走ってみると気持ちがよく、走れていることに感謝の気持ちが出てきます。走れるためには、少しばかりの余裕と少しばかりの体力が必要です。どこかに病気があれば走れません。そう思うと元気に走れていることに感謝、感謝です。

毎日朝は天気がよくありません。昨日は、雨と雪がとけぐちゃぐちゃの中を走りました。今日は、顔が冷たく、目だけを出して走りました。それでも走ることは楽しいです。坂道を走る時はいつも苦しいです。しかし、この苦しさが好きです。下りは快適です。また、川べりを走る時も気持ちがいいです。川の流れを見ていると、厳しさとおだやかさが伝わってきます。いろんなことを感じながら、考えながら走ってます。そして、帰ると暖かいお風呂に入り、食事を済ませ、仕事場に向かいます。毎日平凡な生活です。平凡が一番です。

2009年02月11日

補給

ウルトラマラソン中に何を食べるかは大事な課題です。その点、私は未だ良くわかりません。いままでは、エイドにおいてあるものを食べれば良かったのですが、250kmともなればそうはいきません。エイドは少ないし、ある程度、自分で調達しなければいけないようです。そんなに多くは必要はありませんが、コンビニで調達するようになるのかもしれませんし、前もって用意しなければいけません。何を用意するのがいいのか迷うところです。給水はさらに大きな課題です。どこで給水できるのか知る必要があります。また、大事なことはトイレです。特に、大きいほうは待ったなしですので、早め早めに対処する必要があるでしょう。

 今日は、朝はジャガイモの蒸かした物を食べ、残りのジャガイモを3つアルミホイルで包んで出かけました。ジャガイモはしっとりしていて食べやすく、腹持ちもよく、マラソンにはとてもいい食べ物ではないかなんて思いました。朝日観世音の少し上まで行って、帰って来ました。このコースとても、坂道が多く、萩の練習にはもってこいです。もう少し暖かくなり、富士の塔まで走ればかなりいい訓練になります。今日は5時間30分走でした。

2009年02月09日

精神力か

萩往環道の地図つくりも、半分までは完成しました。道なき道を行くときもあり、正式な地図ではとても走れません。昨年は仲間がビデオで下調べをしており、それを譲り受け、初めてルートが分かり、ほとんど迷うことなく走れました。今年は地図も軽量化をはかり、半分はエイドにあづけようと思っています。まあ、アドベンチャーレースと思えば、この分かりづらいルートも面白いのかもしれません。

しかし、この250kmはすごい起伏があり、並みのレースではありません。本当に完走できるのかいまだ自信はなし。

昨日は、軽い朝飯を食べ、山側のルートを走るいつものコースで、善光寺へ。1時間50分。すごくゆっくりです。そして7分間の給水とエネルギー補給ですぐに出発。富士の塔の方向へ。朝日観音のうえで通行止めになっており、旭山をめざしました。山頂はすぐそこでした。自宅から3時間8分で山頂に着きました。帰りもゆっくりと、走り、ほとんど歩かなく何とか自宅には6時間を切ってつきました。疲労感が強かったのですが、足にはあまり来ませんでした。我慢我慢して走り続けました。

これからは、もっと練習がきつくなります。やはり、精神力が必要です。

2009年02月01日

萩往環道イメージ完走

何とか、萩往環道250kmをイメージで完走することができました。

イメージだけでも結構大変ですね。まず、休憩時間を極力少なくしないと完走できません。ゆっくり休もうなんてことはまず考えられません。食事もゆっくりなんてできません。睡眠時間も取れません。かなりの気合が必要です。250kmは長いので、短い距離の目標設定をする必要があります。250kmを走ったり、歩いたりするにはかなりの体力が必要です。走力だけでは完走できません。そして、あきらめない精神力もかなり必要です。この点が一番不安です。

 

今日から2月ですね。1月は336km走れました。何とか半年、月間300km以上の距離はこなしてきました。これからですねー。

 

 

2009年01月25日

長距離走3

今日は深夜走なんて少しおばかさんなことは止めて、早朝から走り出しました。コースはいつものコースです。走って、30分ほどすると右ふくらはぎに違和感あり。マッサージをして、また走り出すと、走れるのですが、また30分ほどすると違和感が出るの繰り返し。しかし痛みは強くならず、なんとか55kmを走れました。早朝の走りは気持ちが良いですねー。雪で覆われた雄大な山々が見え気持ちが洗われます。千曲川もいいですよ。写真をとっている人もちらほら。中野方面に行って帰りの高速道の農道を走っています。ここら辺からの眺めは最高です。北信五岳がみえるかな。

それから善光寺に向かうわけです。上り下りの多い道です。

雲上殿では、若者が階段ダッシュを繰り返していました。厳しい先生の指導の下で若者は頑張っていました。私はいつものようにゆっくりと駆け抜けました。善光寺で一休憩してすぐにまた帰りの道に。7時間半も歩いたり、走りました。最後の数キロは我慢して走りました。やはり精神力は必要ですね。下肢の筋力の痛みは当然でてくるので、マッサージはやはり必要なんだと実感しました。

昨年は、7-8時間走はあまりしなかったのですが、これは続ける必要がありと実感してます。

2009年01月24日

萩往環道250完走のために

萩往環道250kmの完走のためには次のことが必要である。

@     休憩時間はできるだけ短時間とする。

A     下肢の筋力の保持のために無理な走りは止める。

B     できるだけゆっくり走る、ないし早足を。早足も、全身で歩く。あまり力むと

足にかなりの負担になる。

C     完走を信じ、前に前に進むこと。

D     完走するために、到着地点の時間を守るように踏ん張る。

  以下の予想到着時間を頭に入れる。

西寺着  11時40分

海湧食堂着 午前6時47分

千畳敷着  午後2時25分

仙崎公園往路 午後5時50分

宗頭着   午後11時55分

宗頭出発  午前0時30分

東光寺着   午前9時19分

佐々並着   午後2時17分

この到着時間は、完走されたMさんの到着時間である。(ここへの記載、お許しください。)

Eあと、3ヶ月あまり、故障をしないように練習に励む。

 
2009年01月22日

萩往環道(6)イメージ

第六ステージ

1)東光寺から明木市

     午前10時に出発と仮定

      11.2km。時間2時間30分前後 時速4.48km

東光寺から5.5kmぐらいは平らな道である。それ以後は山道。2.5kmで160mぐらいの上り。そのあとは下り。下りに入って3.5kmで明木市

に到着する。12時30分に到着。エイドがある。ここで自販機で飲み物を買う必要があるだろう。

2)明木市から佐々並

 12時40分に出発

9.1km。2時間30分 時速3.64km

3.5kmの上りである。一升谷といわれる上りである。標高差300m。ひたすら上りである。暑ければペットボトル片手に水を飲みながら登るのみである。ゆっくりではなく、できるだけ速く登ることが求められる。手をしっかり振って登ることか。一升谷を越えてまた上り。結局6kmは上る。その後は4kmぐらいくだりが主である。200mは下る。佐々並エイドに着く。午後3時10分着。結構、人がいるので、人の後を着いていけばいいのかもしれない。ここでも自販機で最後の飲み物を買う。500mlは必要だろう。

 

3)佐々並から草もちエイド

   午後3時20分に出発

      4.9km。1時間22分。時速3,58km。

標高差190m近く。ひたすら登る。歩くのみである。

草もちエイドには寄り、おいしい草もちをいただきたい。草もちエイド着。4時42分着。おばあちゃんは未だ健在であろうか。

4)草もちエイドからゴール

       草もちエイド出発4時48分出発

    最後の峠、坂堂峠までは、2.5kmはある。ひたすら登る。

ここからは下りである。筋肉痛でどうしようもない足に下りは結構大変である。

草もちエイドからゴールまでは8km。坂堂峠からは6kmぐらいである。石畳の道であり、一歩一歩確かめるように降りていく。転倒する危険性があるからだ。

      8km。1時間40分。時速4.8km。

峠を降り、萩往環道を抜けると舗装道路に出る。舗装道路に出たらあとは3.55kmである。我慢して走ってゴールまで目指そう。

       午後6時28分着である。ゴールには誰もいない

     と言うことは、東光寺の出発は10時では遅いと言うことである。少なくとも9時半。   

    

2009年01月18日

長距離走2

今日はまた久しぶりに長距離走に挑みました。深夜からの長距離走はちょっと、クレイジーなのですが、昼間は何かと用事があり仕方がなく深夜から走り出しました。距離にして50km、時間8時間弱です。最初の30kmの比較的平坦な所はもちろん走ります。しかしあとの後半の坂の上りの部分はどうしても歩いてしまいます。下りになると走るの連続でした。

こんな深夜の長距離は萩往還までです。やはり体に良くないような気がします。せいぜい、4時間走ぐらいでとめておきたい。そうすれば走るのも楽しいような気がします。8時間走近くになるとやはり苦しくなります。私はいつもゆっくり走っているので普通は苦しくはありません。5時間以上走ると苦しくなります。もう少し我慢して、気力でやります。

萩往還は私の集大成にしたいものです。完走できてもできなくてもです。

60歳を境にして走り方を変えたいと思っています。正直、日常生活にまで影響をおよぼしていますので、ちょっと問題です。

2009年01月15日

萩往環道のイメージの資料

イメージトレーニングなしでは、萩往環道を完走できない。緻密な計画は絶対に必要である。そこで、いろんな資料を使わせていただいた。

まだ、萩往環道のイメージは完了してないが、ひとまずここで休憩したい。

使った資料は、ウルトラランナーのKさん、Mさんの貴重なデータです。二人には特にお許しを得ておりませんが使わせていただきました。インターネットで検索可能ですが、ここでは紹介しません。

完走した折には、また紹介させていただきます。

有名なクニさんの萩往環道の資料も使いました。また、正式な萩往環道のHPの資料にも貴重なデータがありました。

あとは、、この萩往環道のイメージが絵に描いた餅にならないようにするのみです。

ま、このHPを見ている人はそんなにいないし、見ている人に役に立てようと思って書いていないので役には立たないと思います。自分自身のために書いております。

2009年01月15日

萩往環道(5)イメージ

第五ステージ

宗頭から東光寺

1)宗頭から玉江駅

宗頭1時10分に出発。19km。時間4時間。時速4.75km

宗頭から3kmで、藤井酒店、藤井酒店から鎖峠まで3km、鎖峠から三見の分岐点まで3km、三見駅まで3km。

宗頭から出発するときは最終ランナーだとしたら、一人で行かなければ行けない。たぶん藤井商店から三見駅までは真っ暗である。私は昨年一人で昼間歩いたが、昼間でも淋しいところだ。くまでも出てきそうな雰囲気だ。仲間は一人で歩き完走したのだからえらいもんだ。民家は少しはあるのだ。鈴でもつけて元気に進んでいくのが良いかもしれない。藤井酒店までは比較的平ら、そこからは上りになる。鎖峠まで上り。そこからは下り。

三見駅から玉江駅まで。6.8km。ここからがもっと怖そうなところだ。踏切を何回も越えるのだが、山のようなところを歩く。ここも精神的に試されるところ。できれば仲間と行きたいね。午前5時10分頃には着きたい。玉江駅で10分間の休憩。5時20分の出発

2)玉江駅から笠山、虎ケ崎

玉江から笠山までは10km 2時間20分。時速4.29km。こんなに遅くていいのかな。しかし、大分疲れているはずだ。笠山には7時40分に着。

笠山から虎ケ崎までは3.3km。しかし、40分はかかるだろう。時速5km。いづれにしろ歩くよりも速いのだ。飯にありつけるだろうか。カレーを食べる。食べたら休まないですぐに出発。8時25分までに着かないと完走は無理な感じ。虎ケ崎を8時40分に出発。

3)虎ケ崎から東光寺

8.2km。1時間54分。時速4.3km。

東光寺には10時34分に着。東光寺からゴールまでは8時間はかかる。とすれば、東光寺には10時前には着く必要がある。この予定では完走できない。30分の短縮をどこかで捻出するしかない。 

 

   今までの萩往環道の記事を変更しました。

2009年01月11日

萩往環道(4)イメージ

第四ステージ

仙崎から宗頭

1)仙崎から鯨墓への往復

  行きは10km。時間は2時間10分。時速4.62km

帰りも同様であり、頑張って2時間10分としよう。

仙崎を午後5時35分に出発の予定。鯨墓に向かう。以外に上りと下りの大きな道である。

平らなところはあまりなく、夜の帳が下りてくるときであり、苦しい走り、いや歩きである。行きは少し元気があり、走れるときもあったが、途中で抜いた若者が着いてきた。一緒に静が浦のところで食事をしようとしたが、20分ぐらいかかりますと言われた。彼と待つこと10分でカレーが出てきた。すぐに食べたがあまり元気は出ない。やっとの思いで出発する。若者はいたって元気で、完走経験も2度ぐらいあるらしく、全身を使って速歩のような感じで先に行ってしまった。一人で何とか頑張り、鯨墓では若者が未だ休んで何かを食べていた。エイドがありおじさんがたが頑張っていた。10分ぐらいいてすぐに出発だ。パンや食べ物が置いてあるから少しいただいてもいいか。問題は帰りであった。例のごとく若者は早く行ってしまった。そのあとに、年配と思われるおじさんがまた速い足で追いかけてきた。しばらくおじさんと併走したが、だんだん息が苦しくなり、途中で一人で行くことにした。足は痛くなり、なんとなく絶望感がでてきた。誰にも電話する元気もなかった。そして、最後の大きな上りに差し掛かる前に、足の痛みがひどくなり、痛み止めの薬を使う。しかし、その時はすでに気持ちがいえていて、自らにリタイア宣言をしてしまった。約160kmの時点であった。

今年は、ここの走りないし歩きは精神的にもきついので、あまり頑張らずに、少し速めに行くほうが良いだろう。静が浦での食事も場合によりパスすることも時間のロスを考えると必要かもしれない。ただ、この時間帯は寒く、途中で休むようなところもあまりない。4時間もかかる行程だ。どこかで一息入れる必要はありそうである。途中に自販機はたくさんあったが、食べ物を売っているところはないので、仙崎の前に購入しておいたほうが良いだろう。仙崎に午後10時ごろに着く。

 

2)仙崎から宗頭

11.47km。時間は2時間20分である。時速4.90km仙崎を午後10時15分に出発だ。かなり疲れているので、ゆっくりしか行けないだろう。それでも普通の歩きよりは少し速くなければ完走は無理だ。ここの道は、迷路が一箇所あるが、たいしたところではないだろう。仲間がいれば一緒に走りたいが、一緒に走るのは私は苦手なのだ。自分のペースを乱されてしまうからだ。それでも、一緒に走ったほうが良いかもしれない。くれぐれも、あまり頑張りすぎないことだ。

宗頭には0時40分に着く。最終ランナーに近い。ここで、食事ができる。1時10分には出発だ。30分ゆっくりと食事をすればすぐに30分は来てしまう。

   
2009年01月10日

萩往環道(3)イメージ

第三ステージ

  沖田食堂から仙崎まで。

1)      沖田食堂から千畳敷まで。

 千畳敷までは17.6km  時間は3時間25分はかかる。時速5.16km まずは立石観音へ。沖田食堂からは少し上り、2kmで160mぐらいの下りを降りる。海辺に着く。そこからはまた少し上り下り、立石観音へ。立石観音の手前で自販機を利用する。立石観音チェックポイントの少し先にお店があり、親切なおじさんがいるが、そこで長居はしてはいけない。昨年はそこで、20分ぐらい長居をしてしまった。ドリンクを買ったらすぐに千畳敷へ向かうこと。ゆっくりで良いから前に進もう。すぐに急な上りになる。しばらく行ってから下りだ。ここもどなたかと一緒に行ったほうが間違いがないし、気力が保てる。昨年は暑い中をアスファルト道路をひたすら登っていった。

立石観音からは6.7kmで標高差255mを上る。途中で少し下がるので、千畳敷への上りはかなり急である。千畳敷には午後2時5分ごろに着く。ここで、昨年は大ブレークをしてしまった。おいしいアイスクリームを待つこと15分ぐらい。いらいらした。そして、靴下を脱いで、肉刺の処置をした。そこを出発するころは皆いなくなっていた。大失敗だった。今年は、自販機で給水したら10分ほど休んですぐに出発したい。チェックも忘れてはいけない。昨年は千畳敷を下りる坂はかなり急で、走ろうにも走れなく、歩くのも痛い有様であった。西坂本までは3.2k。時速6.4kmで約30分で西坂本に着く。午後2時45分に着く。ここでは、カップラーメンがあるが、あまりおいしくない。そして熱すぎる。ここであまりロスしたくないので。熱い汁は捨ててめんだけでも食べよう。10分だけの休憩だ。午後3時には出発

   2)        西坂本から仙崎へ

西坂本からは少し上っていく。急に視野が開けた感じの道に出る。体はがたがたで、走る気力はあまりない。少しののぼりも走れないし、平らなところも走れない感じであった。上りに向かうところでショートカットがあった。私は焦りもあり、道をよく調べていたのでショートカットはすぐに分かり走っている人の先をいくことになってしまった。なんだか、悪いようで、またばつも悪く、抜かれないように一生懸命に走ったり歩いたりしてかなり消耗してしまった。途中、筋肉痛もあり休み、痛み止めを使った。しかし疲れは取れなくしばらく路地でぼーとしていた。疲れが少し取れたころにまた歩き出した。とにかく車の多い道路をひたすら歩いた。途中、ハンドライトが故障していたので、電気屋による。ここでも時間のロス。変な歩き方をしている若者に出会った。遅いので抜いていったが、彼はその後、マイペースで行き、私を抜き見事にゴールしている。時間ぎりぎりではあったが。

仙崎には6時過ぎに着いた。西坂本から13.3km。2時間29分予定では5時30分に着きたい。時速5.36km(最終ランナーでも午後6時14分)しかし、これより遅くてもどうも完走した人がいるようなのでまだまだあきらめない。西坂本で荷物を置けるようだが迷わず、荷物は持っていく。そして、ボトルを1本いただいてすぐに出発です。
2009年01月09日

萩往環道(2)イメージ

第二ステージ 

  1)    豊田湖から砂利ケ峠まで。距離は12.3km。時間は2時間18分ぐらい。キロで11.2分。時速5.34km。少しずつ上っていくが、砂利ケ峠の手前2kmは標高差100mあり、西寺の上りと同じぐらいの斜度。豊田湖から砂利ケ峠までは標高差169km。砂利ケ峠のてっぺんまでにおよそ午前3時50分頃着。

 2)砂利ケ峠:標高260mからは、ひたすら降りる。2.5kmで標高差137mを降りる。かなりの下りだ。早歩きが良いかもしれない。そのあとは緩やかな斜度となる。ゆっくりと走る。砂利ケ峠のてっぺんから6kmで大坊ダムのエイドに着く。長居は無用。砂利ケ峠から油谷大橋まで12kmを下る。油谷大橋から海湧食堂まではのぼりとくだりの連続。距離にして4km。歩いたり走ったりの連続だと思う。砂利ケ峠から海湧食堂までは16km。時間にして2時間30分で着きたい。キロ9.3km。時速6.4km海湧食堂には遅くとも6時20分にはつく必要あり。食堂には長くとも15分間だけ。午前6時35分に出発。ここまでで、85.7km。

 3)  海湧食堂から沖田食堂まで。 俵島までは距離は長いが、南回りが足の負担が少なそう。俵島に最初のチェックポイントがある。迷わないように誰かのあとについていくのが良いかもしれない。俵島に行く前に自販機でペットボトルを買っていこう。俵島のチェックポイントまで12.8km。時間1時間50分。時速7km。キロ8.57分。俵島着 8時25分着俵島から沖田食堂まで9.4km。かなりの坂が待ち構えている。時間2時間5分。時速4.kmキロ12.7分。沖田食堂には10時30分に着く。ここまでで、107.2km。まだまだ半分以上ある。うどんかカレーを注文してすぐ食べ、出発。10分間の休憩。遅くとも10時40分の出発。

2009年01月08日

萩往環道250(1)イメージ

第一ステージ。萩往環道250kmは長い旅である。1)瑠璃光寺から1日目の午後6時に出発。瑠璃光寺は山口市内にある。最初のエイドは上郷である。距離は13km多くの人が1時間25分ぐらいで走っている。キロ6.72分である。決して遅いペースではない。しかし、ここに参加する人は楽なペースである。気持ちのいいペースであると思う。約標高差50mの下りである。上郷に7時25分着。

2)上郷からは上りである。下りもあるが、33km(西寺の上りまで)はずーと上りの感覚である。これが結構精神的にこたえる。上郷で水などを補給して休むまもなく出発する。夜の帳が下りて周りは暗い。赤いランプが点々と続いていく。下郷までは距離は14.6km。この間を2時間5分ぐらいで走るとキロ8.3分。時速7.2kmである。2本木峠まで6.4km標高差100mの上り。そこを超えると下りが続く。そして、下郷に午後9時半に着く。上郷から下郷まで2時間5分である。未だ元気であるのでこのくらいの速さは大丈夫だろう。3)下郷から西寺までは距離にして16km標高差66mぐらい。そんなに斜度はきつくないが上りが続く。時間にして2時間10分。ずっと上りなので、もう少し時間をかけても良いかもしれない。キロ8.1分。時速7.37km。西寺までで43km。ここまでで大分昨年はくたびれた。西寺に10時40分着。昨年は休み時間をしっかり計測しなかったが、今回は必要有り。西寺で7分間の休憩とする。皆がゆっくり休憩しているのでつられてしまう。この近くにコンビにがあるのでむすびを買うこと。午後10時50分頃には出発だ。4)西寺から豊田湖に向かう。ここからは斜度がきつくなり、急な斜度では早歩きが必要。2kmで標高差100mのところあり。距離は13.3km。時間は2時間12分ぐらい。3.5kmぐらいまでは上りだが、その後は下りが始まる。結構急な下りである。豊田湖までいやに長く感じる。というのも、ほとんど誰もいない中を一人でとぼとぼ走っていったからだ。この道でいいのだろうかという不安。そして、周りはまさに真っ暗である。キロ9.8分。時速6,08km。昨年はここの下りで下肢の痛みが出てきた。午前1時前後に到着。ここでわき道に入り、休憩場に向かう。ここでうどんとおにぎりを食べた。ランナーでとても混んでいる。15分間の休憩が必要だ。ここまでで、56kmを走ったことになる。だらだらしていると休憩は30分近くになる。遅くとも1時半には出発したい。  
2009年01月06日

体調管理

お正月は体には良くないですね。お酒をいっぱい飲むし、食べ物もたくさん食べてしまいます。

すぐに体調は悪くならないのですが、じわりと悪くなってきます。年末から、お正月にかけて毎日10kmは少なくとも走ってました。そのおかげで体調も少しはいいのですが、走っていなかったら飲みすぎ、食べすぎで私の体はぼろぼろになっていたでしょうね。私の体は、食べ物の吸収率が極端に悪いので、メタボにもなりません。それをよいことにたくさん食べてしまうと言う悪い癖があります。元旦から体調が悪いと、気持ち的にも落ち込むものです。私には、我慢と言う課題が必要ですね。

我慢、我慢です。皆さん、私を含めてこのことがわかっておりません。体を鍛えるには我慢が必要です。今年の課題は、我慢です。

2009年01月01日

年男

還暦に今年はなります。私は、年齢より昔から10年若く見られます。といことで皆さんもそう思っていた人も多いでしょうね。精神年齢が若すぎるんです。未だ気持ちも、50台ですね。

そこで今年の目標。
@仕事はまだまだ若者並みにやる。
A電子カルテ ダイナを活用し、診療上の間違い処方、オーダーを少なくする。
B夫婦円満
C萩往環道250kmの完走

一番大事なのは、Cなのです。Cを実行するためには@からBをしっかり実行することが大事になります。楽しいことをするためには、苦しいこともしっかりやるってことですね。さて、実現するか楽しみにしてください
2008年12月31日

寒いですね

今年最後の走りになりました。とても寒くやはり手が凍えるようでした。路面も凍りついており気をつけながらの走りです。もちろんスピードなんかでなくゆっくりの走りです。暗闇の中を走っているので交通事故にあわないために危険な場所ではライトをつけます。そして必ず、ポケットには自分の住所と名前、連絡を書いた名刺かカードを持っています。そして気兼ねなく走っています。

今日でやっと、305kmになりました。これで5ヶ月間300km以上続けて走ってます。12月は気が抜けてしまりがありませんでしたが、また明日からは新年となり気持ちを入れ替え?走ります。どんな年になるかは自分の心がけ次第です。

今日は当番日で仕事があります。今日もしっかり仕事です。終わったら、2人でささやかな食事です。翌日にはうるさいやからが来るぞ。心しておかなくては。

2008年12月28日

今年一番の寒さ

昨日は酔いすぎ4時ごろに起きてしまった。どうしようかと迷いながら5時ごろに走りに出かけました。手が冷えるので、指なしの手袋に厚い手袋をしてみた。とても暖かく、手が凍えることはなくなった。アンダーウェアは上は、山用の少し厚手で汗がすぐに乾燥するものを使っているのでとても気持ちが良い。普通のTシャツのようにびっしょり濡れることがなく冷えなくなった。それにウィンドーブレーカーで十分である。今日のような一番の冷えに備えて首と顔を覆うものをつけてみたが寒くなくこれも良かった。走りはいつものように善光寺まで。お堂を見たり、仏像をじっと見たりしてみた。お腹の調子が良くなく何回もトイレへと言う羽目になったが、走りは軽快でした。

ちょっと脱線しますが、私は早朝走るのは何よりもその時間しか走る時間がないのですが、日曜日でも早朝走るのは、家族が寝ている時間帯に走り、できるだけ家族との接点は保ちたいからです。

家族に迷惑をかけて走るのは長い目で見てよくないと思う。

2008年12月26日

フルスイング

「フルスイング」というテレビ番組をみました。全部見たわけではありませんが、私は単純なので、いろいろ感動することが多かった。これは高畠さんという実在した人物のフィクションドラマでした。プロの野球選手であり、のち打撃コーチとなり、59歳に高校の先生になり、そこで1年間高校生とともに生きることの喜びを分かち合うと言うドラマでした。彼はすい臓がんで亡くなるわけですが、彼の生き様は今も生徒の中に生きていると言う感動のドラマでした。

彼の言われたことで、感動した言葉を書いてみよう。

「気力」とはなにか。彼が死ぬ間際に卒業生に贈った言葉です。それは、あきらめないことですと。あきらめないで夢を追い続けることということでしょう。

一言で言うが、これを実践するのはかなりむづかしい。

人を成長させるには、教えることではない。あたたかい目、小さな口、、、で見守ってあげることですと。間違ったことを指摘しても、それは治らない。本人の良い点を伸ばすことのほうがもっと大事であると。良い点を伸ばすことにより間違ったことが克服されるのだと。

人に負けてもかまわない。それは気にしないほうがいい。自分に負けないことが一番大事であると。

彼は生徒に何よりも愛情をもって接していた。一人一人の夢、希望を信じ、見出す努力を怠らなかった。

現在、走れていないが、それにもまして、このドラマは得ることが多かった。マラソンにも生きてくる教訓であると思う。 

 

2008年12月23日

長距離走

やっと長距離走をはじめる事ができました。48km走れました。

長距離を走るのは辛いです。長距離を走るのが好きだと言う人がいますが、やはり短い距離よりきついものがあります。30kmまでは何とか順調に走ることができるのですが、それ以後はガクンと走りが遅くなり足がきつくなります。今日は30kmまでは比較的平らなところを走り、それ以後は坂道走でしたのでなおさら足に来ました。で、上りはもっぱら歩きで下りは走ることにしてみました。

正直言ってもう走るのがいやになり、自己嫌悪にも襲われました。そのとき思い出したのが、さだまさしの「がんばらない、あきらめない」と言う言葉でした。念仏のように唱えながら走りました。ウルトラを走るには、速い人は別にして、如何に下肢の筋肉を最後まで温存するかだと思います。ということで、30km以後は、走ったり歩いたりの繰り返しで走りました。そのおかげで、7時間半かかったのですが、最後まで走ることができました。足の筋肉痛も余りたいしたことはありませんでした。

これから、長距離をたまには走ろうと思います。

2008年12月21日

走れませんなー

12月は、やはり忙しく走れません。仕方ありません。仕事が第一です。今日も日曜日でしたが、出張があり、夜遅くまで飲んでいましたので結局走れませんでした。まあ、最近は居直っていますから気にしておりません。でも、走るときはちゃんと走ってますよ。未だ月間174kmですのでとても300km行くかどうか疑問ですが、明日は活を入れて走りたいものです。それにしても、今年の年末は忙しいですね。仕事がないよりよっぽどいいのですが。

それにしても世の中ちょっと変ですね。これほど、失業だの、景気が悪いと騒がれているのはやはり政治のなせる業でしょうね。こんなに景気が悪ければマラソン人口も減るかと思いきや、そうではなく、ばかにマラソン人口が増えています。健康志向だけは増えているのでしょうか。サプリメントの世界でも、うそ偽りでもうけている人が増えているのでしょう。

マラソンは立派なスポーツです。でも、ゆとりのない人にとってできるスポーツでもありません。ですから、ゆとりのある人もいるのでしょう。問題はそんなゆとりのない人です。政治が良くなり、少しでも、マラソンができるだけのゆとりのある人が増えることを祈っているものです。

もちろん、ゆとりがあってもスポーツが嫌いと言う人も多いのですが。

2008年12月15日

今年も後、半月

昨日は、日曜日でしたが朝5時にはピット起きて、4時間走をしました。気持ちが良いですねー。足の痛みも幸いでなくゆっくりと走りました。私にはゆっくりと景色を楽しみながら走るのが一番です。

昨日は少し小雨でしたが、そのうちに冷えてきて雪らしきものもちらほら。雪はその程度。本格的な雪は今週に降るのでしょうか。

今年も後半月ですね。今年の走りを締めくくるためにも活を入れて走りましょう。いろいろ忙しいのですが、気持ちだけは活を入れて走ります。

 

2008年12月13日

長野マラソンクラブ

あんまり詳しく書くと差し支えるかもしれませんので、簡単に。

いたって自由なクラブです。年会費はちゃんと納めなければいけませんが。

私はこのクラブに入って皆さんとある意味競争して成長してきましたので、とても感謝しています。事務局はかなりしっかりしていますので安心です。

初心者でも入会できるのかですが、本当の初心者だと大変かもしれません。私はフルマラソンを完走したころ入会しました。会長さんは70歳前後ですが、とても元気で今でも現役のような感じです。副会長は私と同期です。私はクラブの中では上のほうですね、年齢的にですが。私と同じ50台の人が結構います。この50台がよく頑張っているので、私もついつい乗せられてしまいます。ウルトラを走っている人も結構います。私は50台の最後ですね。

40台は乗りに乗って頑張っています。スピード系もいますし、超ウルトラ系もいますし、トレイル系もいますね。皆さんまだ若いので燃えていますよ。

30台もいますね。殆どスピード系ですね。若いなーと言う感じでうらやましくなります。

皆さん仕事を持ちながら、よくやっていますね。走ることに情熱をかけているのがびんびん伝わってきます。

さて、私も故障?もなおり、今日は11km走ってきました。毎日ランを再開しましょう。

2008年12月08日

故障

私も、数日間走っていなかったところ、早朝、急に走り始めたせいか右の股関節のあたりが痛みが出るようになりました。昨日も痛みが出るため、歩いたり走ったりして、リハビリランとなりました。こんな時もあるさと思っていますが、走れないことに関しては歯がゆいです。こんな時は朝も布団の中に入って早く起きられません。また、いろんな状況もあり、レースに出ることは止め、毎日少しずつ走ることに専念しようと思っています。ローマは一日にしてならずです。時にはストイックに走りましょう。
2008年12月03日

接触性皮膚炎

2日前から、Sのところで買ったやすいシャツを着てからか、首の辺りにぶつぶつができて気になってはいました。今日、朝早く起きて、走る準備をして鏡を覗いてみたら、なんとお岩の顔になってました。左のまぶたが腫れ、みっともない顔ではありませんか。こんな時は走らない都合ができたものではありますが、さて顔をどうしようかと考えました。こんな時は医者は楽です。自己治療ができますので。しかし、眼帯をつけたらなおさら見えないので、みっともない顔をして仕事をしてました。そのうち良くなり何とかなりそうに思ったのですが、また悪化の兆しありです。明日も走らないでおきましょう。いろんなストレスもあるし、ゆっくりしてましょう。こんなときも必要と言うことです。あんまり頑張らないほうがいいですかね。
2008年11月30日

今月を振り返って

今月は2連休が2回もありましたが、長距離は走れませんでした。いろんな事情があり難しいもんです。それでも、フルマラソンには出て一定の進歩もあり満足しています。仕事も今月から急に忙しくなっています。寒くなってきて朝早く起きるのもつらい日々ですね。朝5時といえばまだ真っ暗、星がきれいです。これからはもっと寒くなり、朝早く起きるのもつらいでしょうね。

走り始めはいいのですが、30分ぐらいがつらいです。なんとなくもう走りたくないという現象がでています。今日も、走り始めて40分ぐらいからもう走りたくないと思いが出てきましたが無視して走り続けました。不思議なもんで走り続けていると楽しくなってきます。頑張ろうという気持ちになってくるんです。今日は思い切って善光寺までノンストップの坂道走をしました。そして、給水してすぐに家路を急ぎました。途中で買い物をして、また家路に向かいました。あまり足に来ない状態になっています。

そんなこんやで、今月はなんと380kmに達しました。毎日の積み重ねが大きいです。これで、8月から4ヶ月300km以上走りこんでいます。

今後の目標は、月間300km以上を走り続けること、質的にもよい走りに持っていくことです。だらだらしないで、一定のスピードが出せるようになりたいな。メンタルの面を重視した走りをしていくことですね。

2008年11月25日

里山

昨日は、一時間ほど走ったらまた「走りたくない病気」がでてきて、ちょうどお昼ごろでしたので近くのラーメン大学へ。そして、また歩いていると足が里山のほうに向かってました。30分ほどで、頂上らしきところへ到着。そこに行く途中では雉にであいました。茶色の雉で2羽いました。けたたましく、空を飛んで茂みの中へ。後は誰に出会うこともなく落ち葉の上をせっせと登りました。小さなチョウチョが飛んでいるくらいでした。大きなシダはありましたが、前回登ったときはうっそうとした森の中と言う感じでしたが、葉っぱは落ち、見渡す限り木が見えるだけでした。帰りは意外とくだりが長く感じられました。走って下り、アサファルト道に出たのでアスファルト道路を下れば下に行くだろうと安易に考えて走っていたら行けども下に行く気配がなくそのうち雨がちらほら、少し暗い気配がして、これが山で遭難するときのようなもんかなと思い、思い切って元の道に引き返すことにした。元の道に出てまた山道を下って大きな舗装道路にでました。これで安心しましたが、そのうちに雨がじゃんじゃん降ってきてずぶぬれ状態。しかし、足にはちょうどよくアイシングしながら走っている感じでした。そんな感じで結局、4時間近くもうろうろしてました。
2008年11月19日

霜が降りた

昨日からまた走り始めました。今朝からは冷え込んでいる。走り始めは星が見え空がきれいだ。北斗七星もしっかり見える。月明かりの中を走り始める。走り始めは何でこんなことをしているんだろうと思いながら走っている。そのうち、少しづつ空が明るさを増して山の上が白々としてくる。よく見ると山のうえの雲は夕焼け雲のように紅く染まっている。こんな空を見れば走っていることのすばらしさをとても感じるのである。周りを見渡せば真っ赤なりんごがたわわになっている。そして地面を見れば田畑に霜が降りて白くなっている。今年初めての霜だ。それにしても遅い霜である。これから寒い冬が始まるのだろうか。やはり冬は寒くなってほしい。厳しい寒さが必要なのだ。それが自然だと思う。人は寒さを嫌う。山だけ雪が降れば良いと言う。そんなことはあり得ないのだから、厳しい自然が来ることを切に願っている。

しかし、実生活では暖かさを求めて床暖房などをしているのだから私の言っていることもずいぶん矛盾していることだろう。

2008年11月16日

湘南国際マラソン

昨晩午後、仕事を終えてから湘南に向かいました。受付は午後6時少し過ぎていました。行きの途中に会場に向かう男性と一緒にさせてもらいました。いろいろ話をする中で彼は内科医で走り始めて2年ぐらいで38歳とのことでした。楽しく話をして別れました。

翌日は雨。会場に向かう電車がすごい人数でさながら朝のラッシュアワーの感じでした。湘南国際マラソンはフルマラソンの参加者1万2千人位。10kmも6千人ぐらい。マンモス大会です。あまりの混雑に嫌気がさして、駅からはタクシーを利用しました。

 さて、大会ですが、私は少し前のほうに陣取り、気合を持って参加しました。1分ぐらいでスタート地点。3時間20−40分ぐらいの人の一番後ろにいたのですが、いやにペースが遅いので、少しペースをあげました。ところが距離表示がない、いつになったらあるのかといらいらしました。周りのランナーに聞いても、自分が何キロを走っているのか知らない。距離表示が出てきたのは15kmがはじめて。時間がキロ5分は超えている。これはいけないと思い少しだけペースをあげる。エイドでは水とスポーツドリンク、時にバナナ、パンが出てきた。しかしあいかわらず、距離表示はない。20kmは確か出てきたが、距離表示が出てこない大会はあまりない。これではペース配分が自分の感覚だけである。コースはほとんどフラットであるが軽い上り下りがある。最初はマイペースで走っていたが、賭けをすることにした。速そうな人についていく作戦をとることにした。そして、相手のペースが落ちれば先に行かせてもらった。20kまではマイペースで行ったので遅かったし、疲れも出てきた。そこで頑張らないでペースを少し落とし、回復を待つことにした。徐々にペースが出てきて、速い人に追いついていった。くだりでは抜かれ、のぼりでは抜いた。毎日の走りが効を奏したのか、そんなに足に来ないようだったが、あと、4-5キロだといわれた時点では、計算上はもう記録更新はだめだとあきらめムードがただよった。しかしここであきらめるのは止そうと思い、時計を見ないことにした。自分の感覚を大切にして自信を持って走れと自分を励ました。そして、ゴールまで苦しむこともなくそれなりの走りをしてゴールできた。時間は3時間36分13秒であった。今年の一番いい記録である。過去の中でもいい記録になると思う。

2008年11月08日

映画「さくら」

この映画は大分古い映画ですが、名古屋と金沢をつなぐ道路にさくらを植えた一人の男の物語です。1万本以上のさくらの木を植えたのですから気が遠くなるような仕事です。家族には反対され、職場の人間からも陰口をたたかれながらも植え続けました。また、病魔との闘いにも負けないで植え続けました。しかしこの仕事はやはり周囲の心ある暖かい支えがあったからできたことでしょう。今もこのさくらは生きていて、ウルトラマラソン「さくら道」になっています。正式な「さくら道」のマラソンは終わってしまっているようですが、細々と続いていると聞きます。

人の生命は短く限りあるのですが、その命をさくらに託したような気持ちがあったようです。ちょっと悲しい物語ですが、後味が悪くない暖かい映画です。この「さくら道」を走った人が送ってくれたものを見させていただきました。ありがとうございました。

さて、私の毎日走も細々と続いております。長く続けることはえらいことですねー。

2008年11月03日

アキノキリンソウ

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マラソンをしていると、花粉症の原因であるアキノキリンソウが、荒地や川沿いに群生していることが目立ちます。初夏にはカモガヤなど、秋のはじめごろは、オオブタクサ、ヨモギなどが目立ちました。今日は、アキノキリンソウが広い荒地にいっぱい咲いていたので写真を撮りました。まだまだ花粉症の人にはつらい季節が続きそうです。

2008年11月03日

走行距離

紅葉

8月は309km

9月は360km

10月は344km

ウルトラランナーとしては少ないのでしょうね。

昨日は、全く走る気力がなく、ちょっとしたスランプでした。5km走っただけで終わりにしました。

それで今日は少しだけ頑張って、坂道走28kmぐらいを走りました。時間にして3時間50分ぐらいでした。何とか明日も走れるかもしれません。今は風邪気味で、また、飲みすぎで体調をくずしています。なかなか他人には飲みすぎはよくありませんといっても自分ではできません。禁煙も同じなんでしょうか。私は禁煙して大分なりますが、喫煙者にとっては禁煙はなかなか難しい問題です。医者の中でもマラソンをしながら堂々と喫煙をしているスライドをみんなの前で発表している某先生もいるしなー。

昨日は走らないで川べりを歩いていて川の中を覗いたら、小さな魚の群れがいっぱいいました。浅川という川ですが、まだ自然が生きていることにほっとしました。

今日は、紅葉がとてもきれいでした。信州はまだ自然が生きているんですねー。

 

2008年10月29日

寒くなってきましたね  CTも本稼動

10月も終わりになりますね。今月も、毎日のように走っていますが日曜日は仕事であまり長い距離を走っていません。先日は仕事で福岡市まで行ってきました。朝はお決まりのように1時間ほど走りました。長野のように寒くはなく走りやすかったです。そんな感じですので今月の走行距離は今日で322kmです。

来月は湘南国際マラソンを走ります。走友もでるので楽しみにしてますが、楽しんで走れれば何よりだと思っています。記録より楽しく走りたいですね。まだ参加したことがないレースですのでどんな大会なのか見当がつきません。

毎日走るのは思ったよりきついです。でも日課になりつつあります。暗い中から走り、夜が少しづつ明けて来るのはとても神秘で気持ちが洗われます。

ところで、マラソンのことだけでなく仕事のこともかけとのことなので少しだけ書きます。10月21日からマルチCTが本稼動しております。肺CTを撮りますと肺がんがあるかどうかはっきりといえることが多くなります。胸部写真では実のところ肺がんがあるかどうかはっきりとはいえない面がありました。CTではその点が明確です。

また、認知症、頭痛、めまいなどで頭部CTをとることも簡単にできます。今のCTは性能が素晴らしく、私がかかわる時間はほんの5分くらいです。そして、しばらくすると、診察室の電子カルテに画像ができているのです。ちょっと難しい画像は遠隔で診断してもらいます。

お腹のCTも大事です。肝臓がん、すい臓がん、腎がんなどの発見もできそうです。あまり撮らないかと予想していたのですが意外と対象患者が多いです。

マラソンだけでなく、仕事も頑張っております。というか、マラソンのおかげで仕事が頑張れるような気がしないでもありません。これからもマラソンと仲良く付き合って行きたいものです。

2008年10月20日

大町アルプスマラソン

天気は晴れていて、まさにマラソン日よりでした。ちょっと暑かったですが。

仲間6人と参加。大町マラソンは3年ぶりであろうか、コースも殆ど忘れていたが想像以上に上り下りの多いコースでした。参加人数は2000人程度でとても走りやすかった。少し前のほうに陣取り9時にスタートした。最初から軽い登りであった。みんなにくらいついていくことにした。キロ5分弱で行く。20km辺りまではなんとかそのペースで行ったが徐々にペースは落ちてくる。仲間にも20km辺りで追い抜かれたが、不思議に焦りはなく、マイペースで行くことにした。周りの人にも抜かれたがマイペース。きっと、後半みんな落ちてくるだろうと思った。20km過ぎてからはくだりだ。木崎湖までずーと下りであった。足はまだ大丈夫。木崎湖からは元の道を登っていく。厳しい道でしたが私には気にはならなかった。歩いている人がいたが私は遅くても走り続けた。景色は最高だ。少し紅葉した山々。りんご並木。北アルプスが近くに見える。35km辺りであろうか、これからはひたすらくだりの道でした。37km辺りで仲間の一人を追い抜いた。元気ではあったが下りはやはり足に来る。徐々に足が痛くなり始め、スピードがでない。それでも、マイペースで走り続けた。のぼりの途中に「先生!!」と声をかけらたが走友であった。そんな声援はうれしいものである。全体としてそんなに厳しいと思わなかったが、マラソンコースとしては、かなりきついコース設定であった。エイドは充実していたと思う。後半の人はエイドには何もなかったと言っていたが、私の時間帯ではバナナ、りんご、パンは結構おいてあり、エネルギー切れを防ぐために十分取った。秋晴れの中を少し苦しみながらも楽しい走りであった。時間は3時間46分でした。私にとってこのコースではベストタイムと思ったが、調べてみると前回は3時間44分であまり変わりはなかった。しかし、あまり苦しいと思わなかった点が違うかもしれない。

走り終えてからは、仲間と雑談したりして楽しいひと時。そして大町温泉郷にいき入浴した。ビールがとてもおいしく感じられた。その後でまた大町駅の近くで昼飯兼夕飯をみんなで取りビールととんかつをおいしくいただいた。運転手はもちろん飲めなかったので、彼にはみんなで感謝して、一台の車で家路に着いた。一日がマラソンで終わり、家族にはさびしい思いをさせてしまったがどこかで帳消しにしなければと思っている。

2008年10月13日

なかなか走れませんねー

今日で、走行距離はたった137kmです。日曜日は予定が入っていてなかなか長距離が走れません。2日酔いの日ももちろん走れませんね。

今週はもっと忙しくなりそうでどうなりますやら。

2連休で、家族奉仕を少ししました。1日目は台湾の27歳の女性がホームステイしました。日本語がうまくコミュニケーションはほとんど問題なく、楽しく過ごせました。台湾の人と日本人は考え方、教育がだいぶ違いますね。いろいろいい刺激をもらいました。

2日目は、志賀高原に紅葉を見に一泊しました。もう志賀高原は紅葉が真っ盛りです。ついでに、秋山郷まで行っちゃいました。

そんな中でも、朝は早朝に起きて少し走りましたよ。1日目は善光寺まで往復3時間45分走、2日目は志賀高原のスキー場を上まで上がる訓練1時間半。十分ではないのですが、楽しかったです

(08−10−13)(日付が自動的に入らないのかな)

 

 

2008年10月08日

1ヶ月毎日走りました

私としては、毎日1ヶ月走り続けたのは初めてです。よく続いたものだと感心してます。途中で、筋肉痛で走れないかと思ったときもありましたが、何とか続けました。走り続けることは健康にもいいことだと思います。おなかの調子もいいし、仕事も何とかこなしていけました。こんな調子なんで、これからも続くかもしれません。そーですねー。がんばりましょー。

2008年10月07日

人生も後半

人生も後半    中島医院  中島勉
また、年男がやってきた。特に考えることもないが、年のことも考えざるを得ないという事か。しかしあえて、年に逆らうかのように毎日10km以上走っている。そして、パソコンのことも少し面白くなっている。仕事も少し面白くなっている。まだまだ元気である。電子カルテなるものも少し面白い。あえて、安いダイナミクスという電子カルテを使っている。オンライン請求なるものもしてしまった。データソフトもRS_Baseという安いソフトで画像は全部取り込んでいる。これらを使うと診療が少し面白くなる。いつまで続くことか。
長野医報の原稿である。2009年1月。
2008年10月02日

萩往環道250

待ちに待った、来年の萩往環道の開催要項が出されました。まだ、私のところには要項が送られてきませんが、参加しようと思っています。何でそんなにこだわるのかと自分でも不思議です。本当に完走できるのか全くわかりません。それでも、挑戦しようと思うのです。あのリタイアした苦しい思い出、悔しい思い出がよみがえります。そのために、今は苦しい練習に耐えています。(ちょっとオーバーです。)どちらかというと楽しんで練習しているといったほうが当たっています。毎日走り、走ることの土台を築こうと思っています。あまり厳しく練習しているとはいえません。厳しく練習すると私の足は故障してしまいます。今日もまた走り、アフタケアをしています。

萩はながーい坂道がつづきます。そして、2日目の夜はとても精神的にきついです。みんなが先に行き、自分が取り残されたような感じになったとき、肉体の疲れと精神的な疲れが一気に自分を襲ってきます。夜ですのでなおさら気がめいってしまうのです。肉体の限界を感じたときに、あと90kmで、山越えがあると思うと気がしぼんでしまうのです。そんな距離と時間の空間をどう克服したらいいのか。答えはただやるのみです。いろいろ考えてもしょうがありません。挑戦があるのみです。

萩往環道は、遅いランナーでも、力があれば乗り切ることができるでしょう。故障があれば乗り切ることはできません。そこに標準をあわせて、がんばるしかありません。野口みずきでも、調整の失敗が命取りになりました。そんなことにはならないように無理なく、楽しんで走り続ければいいのだと思っています。萩往環道に挑戦する皆さんと楽しく走りたいものです。 (08−10−2)

2008年09月27日

心身ともに健康!??

よく巷では心身健康とは言われますが、そんなことはあまりないんじゃないかと思います。でも、できるだけ心身健康にはなりたいものです。心の健康はとりわけ難しいです。最近はあまり怒ることが少なくなりました。怒ってもいいことはあまりないんじゃないかと思うようになったからです。先日も怒ってしまいましたがいいことはなし。これもお年のせいでしょうね。

私がやっていることは毎日のランです。(くどいですねー)これは続けることは結構、根気と元気がないとできません。だんだん暗くなってきたので起きるのも一苦労のときもあります。夜遅く寝たときはちょっとした気合が必要です。これを続けるとおなかの調子がいいです。朝食がおいしいです。

走った後は、水かぶりです。ところが、お風呂場の水はばかに温かいのです。それで、生ぬるい水をかぶって楽しんでいます。冬になったらどうなることかな。しかし、水かぶりのせいか寒さに強くなりつつあります。まだ、半そで、ショートパンツで大丈夫です。

今日も楽しく走りました。近所のうさ吉さんに2回もお互いに走っていながら出会いました。今日で、今月は331km。(08−09−27)

 

2008年09月22日

筋肉痛

今月は276kmになりました。そろそろ筋肉痛が出るころだと思っていましたが、数日前から筋肉痛が右のふくらはぎに出ています。こんなときはどう出るのかが難しいです。走るべきが退くべきか?まだ私は1ヶ月毎日走ったことはありません。何とか毎日走りた〜い。走った後はアイシングするんです。そして寝るときはよく効く湿布をするんです。すると翌日には筋肉痛はありません。しかし、また走った後は筋肉痛が出るんです。そんなときはみなさんどうします?休むか、走るか。答えは、痛くなければ走るんです。走った後は必ずアイシングです。しばらくその手でいきましょう。

ところで、数日前から朝のランのときにデイバックにボトルを1.5L入れて背負い走ってます。これも結構いけますよ。明日は当番日ですので、朝の一時間半走になりますね。 (08−9−22)

2008年09月19日

なにごともなく

9月19日

今日も何事もなく朝早く起き、朝ランをしました。空には雲があり、まだ薄暗いですがとても気持ちがいいものです。途中では散歩の人もちらほら。走っている人はいません。人通りの少ない道をひたすら景色を見ながら、デイバックをかついで走りました。途中の急な坂では息も少し上がるのですがこれが気持ちが良いです。急な坂道を登りきるとUターンして帰路へ向かいます。散歩の人に時々挨拶も交わします。1時間25分ぐらいですがあっという間です。帰るとすぐに行水をすると気持ちよくなりますね。水掛はすっかり慣れて、これなしではいられません。そして、すぐにちょっとした仕事をしてご飯を食べて、20分ぐらい体を横にして仮眠を取ります。それから仕事です。今日で今月は225kmになりました。今月は360kmぐらいはいくでしょうか。

2008年09月16日

こだわり

私にはマラソンに関してこだわりがあります。

家族を犠牲にしてのマラソンはありえない事です。全くないと言う事ではなく、それはうそになりますが、どこかで、家族奉仕をしてプラスマイナスを出来るだけゼロに近づけることです。

 仕事に関しても同様です。出来るだけプラスマイナスゼロに持って行きたいものです。しかし、これはなかなか難しいです。でもね、健康でなければ何も出来ませんのでそこは割り切るのです。

 出来るだけ家族の負担が少ないように遠くのマラソンレースには参加しません。なぜなら、家族が同伴で行ければいいのですがそれが不可能な状況だからです。

 毎日走るのを原則とします。あくまで原則であって体の調子を見て走ります。

 有酸素運動を基本とします。そのほうが体にいいし、故障が少なくてすみます。

走りはじめにはストレッチも何もしません。大事なのはウォーミングアップとクーリングダウンと考えています。マフェトン理論に基づくものです。十分な時間をかけますが。

足の状況に敏感になる事です。少しでも痛みを感じたらゆっくり走ります。足と会話をするといった感じで走るんです。

 出来るだけ毎日、1時間以上を、出来るだけ坂道走を走ります。

 月間最低、300kmを目指します。

常にマイペースです。他人のペースで走ると故障の原因になります。他人と走る時はそれ相応の準備が必要です。

レースの前日と翌日は走りません。故障の原因になります。

これらの事をしっかり守れば楽しく走れます。

2008年09月11日

萩は遠くにあり

2008年9月11日

今年の萩往環道250kmを160kmでリタイアしたことは私に大きなダメージを与えました。走ることに自信を失い、自分の限界が来たのかと大分気分が落ち込みました。それでも何とか走り続けていたのですが、それは走ることは私にとって健康上必要なものでもあったからです。走ることにより気分がよくなり、胃腸障害を起こしやすい私にとって走ることは一つの治療でした。しかし大会に出るたびに萩への思いはなくなりそうになりながら、なかなか消えることなく続いていました。北丹沢では自分の力のなさを嫌というほど思い知らされました。大会ではいつも元気なおじいさんに出会いました。69歳でも月に500kmは走っていると聞いたときは驚きました。そのおじいさんも萩に2回挑戦したがだめであったと言うことでした。あらためて萩往環道の厳しさを思い知らされました。
私は萩往環道のリタイア以来、一から出直そうと考えていました。自分に何が足りないのかと悩んでいました。マフェトン理論も読み、有酸素運動の大切さを身にしみて感じました。そして、最近は50kmで筋肉痛が出てくることから、私の筋肉そのものがまだ未完成であることをあらためて感じました。あの0のき先生でさえ、月間ウルトラランナーは500kmは走るべきであると言っているではないか。そして彼は走った後に毎日250回の腹筋をやっていると言う。皆さんは、隠れたところでとんでもない努力をしているではないかと感じました。そんなに努力をしていない自分が萩往環道を完走しようと思っていることが失礼だし、現実的ではないと悟りました。私は昔からひ弱な体質ですし、それに引き換え0のき先生は昔からのスポーツマンではないか。やはり、ローマは一日にして成らずだと理解できて来ました。

 

ここで気持ちの切り替えが大分できました。やることは唯一つだと言うことです。走り続けることです。毎日厳しい坂道走を加えた練習を1時間以上はやるということだけです。毎日やると言うところが大事だと考えました。筋肉を鍛えるためには毎日ゆっくりでいいので走り続けることが必要ではないのかと考えました。毎日走るためにはいろんな状況で走れない時もありますが、できるだけ毎日走れる条件を作り出すのです。それは並大抵のことではありません。毎日走ることは足の故障につながることにもなります。しかし、毎日走れる足を作り出すのです。こつこつと石を積み重ねるように足を鍛えるのです。朝はかなりしっかり走るので、他の時間帯には無理をしないようにする。むやみに月間走行距離を増やそうとしないと言うことにしました。戦いはまだ始まったばかりです。

2008年09月11日

朝走るのも楽ではないなー

朝走るためにはまず早く寝ることです。そして走った後には、とても眠くなるので30分ほど横になり仮眠をします。そうしないと仕事になりません。早く寝るためには、仕事を早く仕上げなくてはなりません。暇なときにはだら〜としてないで仕事に精を出すんです。そして、最近は業者主催の講演会が多くなってきてますので、不要な講演会もありあまり出ないことにしてます。それでも仮眠が取れないときなどもありますので、そんなときはコーヒーがよく効きますね。そして、職員からの暖かいおやつの差し入れがまたなんとも楽しみなんです。これがないとシャキットしません。
2008年09月08日

浦佐温泉耐久山岳マラソン

2008年9月7日
浦佐温泉耐久山岳マラソン
仲間と乗り合わせて車で浦佐に向かった。約2時間少しで長野県と新潟県の境にある魚沼市の浦佐に到着した。8時30分、250人余りのフルマラソンコースを走る人、900前後のハーフの人、600人前後の歩こう会の人が一斉にスタートした。前月309kmを走っていたのでその効果がどうなのか楽しみであった。スタートして登りだ。少しだけペースを上げ人を追い抜いて走った。キロ6分少しだ。山道も淡々と走った。途中屈強なおじさんに出会った。このペースなら4時間半ぐらいだなと言う。後で調べると65歳の人であった。前かがみで走るのだが足の筋肉はしっかりしていてペースは全く落ちない。このおじさんについて行こうとしたのだが、マイペースを維持しようとしていたのでおじさんはいつの間にか見えなくなってしまった。給水は5キロ毎にあり大分助かる。バナナとポカリとお水、塩がおいてあり必ずバナナは走りながら食べた。山の中であり景色はすばらしく良かった。黄金のコシヒカリも穂を垂れていた。1周目は比較的楽に走り、2時間8分であった。ハーフを走った事になる。2周目の最初にスイカがたくさん置いてあり十分に頂いた。ゆっくりと走り始めたのだが周りには殆ど走っている人はいない。そのうち、すごい土砂降りになったがすぐに止んでしまい気持ちのいい走りが始まった。不思議な事に筋肉痛が余りない。2周目も全く歩くことなくゆっくりと走った。でも少しづつ足に来ていることは間違いなかった。でも殆ど気にならなく、人を追い越したり追い越されたりして最後の4kmもあっという間に着てしまった感じであった。こうなれば最後は思い切り走るしかないと思いキロ5分をきる勢いで走った。皆さんを追い抜き最後のゴール近くではゆっくりと走り皆さんの祝福を受けてゴールする事が出来た。4時間36分であった。
2008年09月03日

月間走距離

8月度の走った距離は309kmでした。お盆前ごろから毎日走っています。毎日11kmは最低走っています。ウルトラランナーとしては決して多くはありません。でも、これが精一杯と言うところでしょうか。毎日良くあきもせず、朝早く起きて走ったものだと自分ながら感心してしまいます。なぜそんなに走るんだろうかと言うと、こうでもしなければもう走力は落ちていく一方だからです。自分の年に抗うように走るのが楽しいんです。そして、平らな道は飽きたのです。必ず、決まったマイコースを走ります。往復で行きの最後にはそれなりの坂道を400mぐらい走ります。約5分足らずですがこの坂道を走らない事には一日が始まったと言う気にならないのです。自己満足です。それでいいんです。自己満足の延長でいいんです。今月もそんな走りを追及したいものだと思っています。楽しく走るんではなく、厳しく走るのが楽しいし力になるような気がします。もう先がないのですね。お年になりましたので。最大限の走りを追求したいのです。 (08−9−3)
2008年08月17日

高妻山に登る

PICT0001.JPGPICT0002.JPG2008年8月16日 朝、急に思い立って、高妻山に向かった。自宅から車で40分ほどで戸隠キャンプ場に着く。登山名簿を書いて入り口のおじさんに渡す。9時15分に戸隠のキャンプ場の入り口を出発。先日は途中下山したので、慎重に登る。沢を登り上へ上へ。沢だからきれいな水が流れている。清流の中の石を見つけて靴がぬれないように登る。それでも、靴に水が入ってくる。少し気持ちがいい。登る道には間違えないように石に赤いしるしがつけてある。また、木には赤いリボンがつけて道しるべになっている。誰も登る人はいない。人声もなく鳥の声だけが聞こえる。40分ほどで、前回リタイアした鎖場に着く。鎖場は清流でぬれている。鎖をしっかり持って足をしっかりと石につけて登る。それからも沢の中だ。すぐに第二の鎖場に着く。そこは、清流は殆どながれていないのだが、下は殆ど絶壁に近い。しかし足場はしっかりしている。下を見ないで、数mの鎖場を過ぎる。後は、登るだけだ。途中に水のみ場があり、飲んでみる。とても冷たく、おいしい。ペットボトルにその水をいれ、これからのきついのぼりに耐えるだけの水を確保する。
途中何度も、下るところがあり、先が長いなーと思いやられる。もう上のほうは沢はなく石がごろごろしている山道だ。さらに先を行くとあまり石はなく湿原地帯のような感じの場所もあった。頂上の手前になり斜面はかなりきつくなり殆ど上を見ないで下を見て登る。やっとの思いで高妻山の山頂が見えてきた。3時間で2353mの高妻山に到着した。殆ど休まずに登った。高度にして1100m登ったことになる。頂上には、数人が食事を取っていた。私もそこに加わり一人で昼飯だ。15分ほどで食事を終えすぐに下山を開始した。下山は私は速いほうなのだ。すぐに先に出発した人に追いつきささっと、抜いていく。しかし途中、追い抜いた人の前で滑って転倒した。肩を打ったが大したことはなかった。下りの鎖場は登りより怖かった。それでも、ささっと下り2時間ほどで登山口に到着した。高妻山は余り人が登らないので自然が生きている。ちょっと怖い感じがした。高妻山は日本百名山の中に入っている。なんとなくその訳もわかるような気がする。準備は地図としっかりした雨合羽(ゴアティック製)とむすび2個とパン。それから念のためライトも持っていった。水は1000ml。登山用のスタイルではなく、走るスタイルで登った。ショートパンツ、ランニングTシャツ、靴はトレイルシューズ。時計は時間と高度がわかるもので便利であった。下山後、30分ほどですごい雨が降ってきた。雨にやられなくて良かった。

写真1水のみ場 2山頂 

2008年08月13日

高妻山に登り始めましたが、、、

仲間と日曜日(08−08−10)に長野駅から大峰城をとおり、飯縄へ走りに出かけました。目指すは長野市で一番高い高妻山です。しかし、道のりは厳しかった。仲間に十分についていくこともできず、時にマイペース。戸隠のキャンプ場の登山口に着いたのは9時半ごろでした。長野駅を出発したのは6時でしたので3時間半はかかりました。約28kmの登りでした。殆ど体力は消耗していたので高妻山に登れるか不安はあったのでゆっくりと登る。しかし、1500mぐらいのところで息苦しさと、吐き気、足の疲労感が襲ってきた。少し休憩して登るもまた同じ状態だ。少しづつ登れるかと思ったのですがリーダーストップがあり、下山を告げられてしまった。まあ、近くの山でもありいつでも登れるのですが。仕方がなく下山して、まだ余力があったので鏡池、鳥ヶ池、奥社にむかった。

中社では、おいしいおそばを頂き、そしてビールまで飲んでしまった。お水も人一倍飲んでいたのに、尿はあまり出なかった。私の場合はお水を人より十分に飲んだほうがよいのかもしれない。

 最後に、仲間は飯縄のバス停まで走ると言うので、私もできるだけ走ろうと思い走り始めるが登りになると急に息が苦しくなる。仕方がなく登りは歩くことに決めた。仲間には先に言ってもらうことに して、大久保の茶屋からバス停に乗り込んで長野駅へ向かった。仲間は飯縄のバス停で乗り込んできた。かなり速いペースで走ったようだ。

今度はまた、長野駅からマイペースで高妻山に挑戦してみたい。

 

2008年08月04日

暑い、暑い

日曜日は目覚ましがなくても早く寝ると5時には起きてすぐに出発です。すぐに暑くなってしまうからです。昨日は雲上殿までの走りとしました。ゆっくりゆっくりと走りました。きれいな花は全部デジカメでとっていますから、花の種類は大分頭の中に入りました。花を見ていると癒されます。花の名前は覚えていませんが。坂道走は結構こたえますが足の鍛錬にはなるでしょう。行きに1時間40分帰りは2時間弱でした。帰りは暑くて、水を飲みまくりました。途中でトイレにより自分の姿を見ると汗びっしょで、顔は真っ黒でどこかのおじさんでした。良くこんなことを続けているなーと思いつつも走っていますね。なんせ体調がよくなるし、ご飯がおいしくなるからね。胃腸が弱いのは相変わらず。やはり、腹分目、お酒は余り飲まないほうがよさそうです。 (08/08/04)
2008年07月27日

真夏の走り

今日は日曜日なので、朝5時に起きて走りに出かけました。暑くなることも予想されたので、ランニングシャツ、ショートパンツのいでたちで出かけました。手にはペットボトルを持って走りました。善光寺までの山沿いの道をゆっくりゆっくり走りました。しかし暑くて、体も足もすぐにきつくなってきました。こんな時はどんな思いで走るのかと言いますと、ただ走ることに夢中で、苦しい思いを何とか紛らそうともがいているようなもんです。走ることは今の時期は結構きついです。レースがまじかに控えているので何とか完走したいので、がんばっているだけかもしれません。こんな暑い時はさすがに誰も走ってはいませんね。善光寺まで2時間、帰りは2時間半もかかってしまいました。しかし、ランニングシャツは気持ちがいいですね。風もあるし、蒸し暑くはないのがせめてもの救いでした。帰りは近くの弁当屋で食事を買って、家に帰ると水風呂を浴びて早速はやお昼としました。こんな日曜日のすごし方が多くなりました。 (08-7-27)

 

2008年07月22日

30分走

毎日暑くて、起きるのも辛くなりました。今日は、走ろうと決めて起きたのですが、走る気になりません。仕方なく30分だけ走りました。足が重く、30分でもやっとという状態です。何とか毎日30分でも走ろうかという気持ちになっています。これも進歩ということにしましょう。

ところで、私は、1ヶ月前から水浴びをしてます。走った後、お風呂で水を体にかけておしまいです。これが気持ちがいいのです。水をかけた後は不思議なことに体が温かくなるのです。そして、すっきりするのです。皆さんも試してはどうですか。

2008年07月19日

三登山へ

今朝は6時前に起きて、3時間ぐらい気楽に走ろうかと思ってました。東長野病院へ行く坂道を走り、もう少し上に行って見ようかと思う気持ちになりました。そこに現れたのは、山に行く小道でした。三登山トレッキングコースと書かれていました。少しぐらいならいいかなと思って登っていくとうっそうとした山道にでました。とても人が登ってくる気配がない山道でした。思わず大きな声を上げて登って行きました。三登山三角まで約2000mと書かれていました。そんなに遠くないと思い登りつきましたが、誰にも会いませんでした。下界は暑いのにうっそうとした林道、山道なので暑くもなく快適でした。下山の時に若そうな夫婦が登ってきました。「長野MCのかたですか」と聞かれびっくりしましたが、奥さんとは時々走っている時にお会いしていました。このコース、夏の訓練には近くてとても良いですね。3時間半かかりました。(08/07/20)

2008年07月07日

北丹沢山岳 12時間耐久レース

08−7−7

このレースは題名どおり、忍耐のレースです。昨年は完走できたのですが、今年は無念にも第二関門でひっかってしまいました。標高差900mの山を3つほど登るのですが、第二関門はかなり厳しくなっています。最初は軽い山で何とかクリアして、一つ目の山で十分に力を使い果たしました。渋滞もあり少しは休めたのですが、標高差900mぐらい道のり3kmの下りはかなり足にダメージをきたしました。速い人は飛ぶように下りますのですごいです。私も少しだけやりましたが、上りより下りで消耗しました。第一関門は30分前に到着し、おいしい水をしっかりいただき、バナナ、つけたきうりをいただきました。時間がないのですぐに休まず出発。道のり十数キロののぼりと下りを2時間ではきつすぎます。ここでは、みんな疲労感も隠せない状態。私も、半分あきらめながらなんとか前に前にと思って歩きました。下り6kmで45分ぐらいしか残ってませんでした。飛ばせば間に合うかと思う一方、ここで第二関門にひっかり、もう最後の厳しいのぼりと下りは経験したくないという思いが重なりました。それでも力の限りを尽くしましたが、私の周りの人は殆ど第二関門でタイムアウトでした。

途中元気なおじいさんに出会いました。69歳で今回10回目の完走のはずができなかったと悔しがっていました。聞くところによると1ヶ月500kmは走っているとの事でした。私はせいぜい300−400km。そのおじさんはバスがくるまで第二関門で待つのはじれったいというのでスタート地点まで走っていくといわれました。第二関門では200人以上の人が行列をなして、待っていたのでした。ついその気になりおじいさんと走り出しました。そのおじいさんの足取りは軽くさすがだと思いました。しかし、暑さのため途中からは2人でスタート地点まで2時間半ほど歩き続けました。このおじいさんにあってよかったと思いました。根気強く走り続けているおじいさんの姿ははつらつとしてました。

ちなみに今回の完走率は50%ぐらいとのことでした。昨年は完走率70%台ですから、大分条件が悪かったということでしょうか。しばらく走りたくない気持ちですね。

2008年06月29日

雨の日

08−6−29

今日は雨降りでした。当番日でもありました。眠い目をあけて、おもむろに5時半ごろに起きて走り出しました。半そで、ショートパンツです。雨は少しちくちくして冷たいが気持ちがいい雨です。景色もしっかりと見え周りは誰もいなく通るのは車ぐらいです。田舎道を1時間20分ほど走りました。私の走りは最近はハートモニターをしっかりつけて、心拍110ぐらいのゆっくりペースです。このくらいゆっくりでも気持ちよいくらい汗が出ます。週に4−6日は走ってます。走ると気合が入り一日元気で過ごせます。

2008年06月16日

昨日は7時間もマラソンという遊びに費やしてしまいました。

08・6・16 マラソンとは何でしょうかと思いつつ走ってます。楽しくも有り、苦しくもあり、面白い趣味です。